2011.03.29

研究科委員長から修了生へのメッセージ

M32の諸君、卒業おめでとう。今日、晴れて115名の皆が、MBAあるいはPhDの学位を得てKBSから社会に巣立つことを、まずは祝福したいと思います。特にMBAの諸君は、2年前の下田合宿以来、毎日のケース討議、グループワーク、ゼミ、修士論文、そしてIPと、厳しいプログラムをこなしてきた成果です。そのことを、誇りに思ってください。

しかし同時に、3月11日の大震災で多くの命が失われ、今なお辛い避難生活を余儀なくされている多数の方々がおられます。卒業を喜ぶと同時に、そのことに深く思いを巡らせて下さい。今後ビジネス社会をリードしていこうと考えるならば、決してその気持ちを忘れてはなりません。卒業は、一つの区切りであると同時に、新たな出発点でもあります。学位授与式も謝恩会もない卒業を迎えたことは、皆のこれからの人生にとって、忘れ得ない、大切な出発点になるものと信じています。

KBSでは、皆に、実践的なケースメソッドを通じて、経営における意思決定能力や判断力を身に付けてもらう教育に力を入れてきました。知識ではなく知恵を大切にする、そういう教育法であると一般的には言われています。しかし、私は、KBSの委員長として、卒業していく皆に、もっと大きな成長を期待したいと考えています。

知識も知恵も、頭の中に記憶として内在している「知」をベースとする概念です。しかし、これからの長期にわたる日本経済の復興を考えるとき、私には、「知」よりももっと大切なものがあるように思えてなりません。それは、頭ではなく、心の中に宿る「情」のようなものです。

2年間のカリキュラムを振り返るとき、1年次の下田入学合宿、ビジネスゲーム合宿、そして2年次のゼミ討論や修論発表は、多くの皆にとってより強い印象で記憶に残っていると思います。なぜでしょうか? それは「知」がたくさん身につくからではなく、「情」に基づいたやりとりが活発に行われ、自分の「情」を見つめ直す機会になっているからだと思うのです。

ゼミやケース討議では、「知」だけに依存して仲間と議論することはできません。時には互いの人間性を隠さずぶつけ合い、自らの情をぶつけることで、初めて自分の考えや論理が相手に通じます。そういう機会を多くもつことが、KBSにおける教育の原点なのではないか、私はそう考えています。

そうした観点からも、私が常に言っていることですが、実務に戻ってからは、現場感覚を大切にしてほしいと思います。とかく、今の社会は情報化社会と言われ、座っているだけで、リアルタイムにさまざまな情報を入手できる環境が整備されつつあります。しかし、そうした情報から、何が必要で何をすべきかを意思決定するのは、生身の人間です。そのとき、現場で起きていることをビジュアルなイメージとして描ける人は、意思決定が極めて具体的になります。可能な限り、現場に赴き、自らの足で情報を集め、感覚を磨く、そういう姿勢が今まで以上に強く求められることになると思います。

もう一つ、皆さんに期待したいことがあります。「知」、「情」だけでなく、「意」のあるリーダーに育ってほしい、ということです。言いかえれば、個人の正義感、倫理観、価値観を深めていってほしい、ということです。大震災という危機の中で、頼りになるのは、最終的には個人の価値判断です。状況が刻々と変化していく中で、自らの本務を果たすためにいかなる行動をとるべきかは、どの教科書にも書かれていない応用問題です。

例えば、今、節電は当然に大切なことですが、商品の販売に支障を来すレベルにまで節電を強要することは、正義と言えるのでしょうか。軽々に画一的な考え方を正しいとか正義であると断じてしまうことは危険です。また、どんな情報を信じ、どれを風評と判断すべきでしょうか。個々人の倫理観が問われ、価値観のレベルが、平時よりもはるかに露見してしまう、そういう時代になっていると感じます。ケース討議を数多くこなしてきた皆には、迅速に望ましい答えを見出し、意思決定していく力があるはずです。正義感、倫理観、価値観を深めながら、その意思決定力と判断基準を結集していくことは、これからの長期的な経済復興において、大切な役割を果たすことになると思います。

MBAホルダーは論理的で知識は豊富だが、冷たく人間味に欠けると、しばしば批判されています。数あるMBA教育校の中でも、KBSは最も厳しいプログラムを課しており、その卒業生が「人間味が不十分」と評されることは、とても残念なことです。MBAホルダーであることに誇りを持つことは大切ですが、しかし、自分たちをエリートと考え、学位を持つ特権者であると考えることは、何のプラスにもなりません。特権意識をかざした瞬間に、あなた方の周りにいる多くの人たちは、あなたに向けた耳と心を閉ざしてしまうでしょう。なぜなら学位は終着点ではなく、そこで学んだことを社会で生かしてこそ、初めて意味を持つからです。そのことを忘れないでほしいと思います。

皆は、KBSを卒業すると同時に、KBS同窓会のメンバーに加わります。同窓会の3300名を超えるメンバーは、実務での苦労を重ね、皆の前を歩む人生の先輩たちです。KBSが、来年秋に創立50周年を迎えるに当たり、同窓会と共同でイベントを開催したいと考えています。そこで、最もフレッシュな意見を出し、先頭に立って活躍してくれることを皆に期待したいと思います。

今回の震災で、生まれ育った家や家族という欠けがえないものを、全て失ってしまった方がたくさんおられます。その悲しみの大きさを思いながら、あえて、人間とは、決して孤独ではない、と言いたいと思います。ある作家が、人間は、一人では生きていけないように作られている、そう語っていました。M32期の皆には、同期に加え、同窓会の先輩やM33期のメンバー、4月からM34期に入学してくる仲間がいます。力を合わせ、KBSをさらに前進させていくため、「知恵」と「情熱」と「意思」を社会に与えてほしいと期待しています。この困難な時期に、KBSで学んだ「情」を重んじ、必要な「知」を適用し、「意」を持つリーダーとして、仲間と共同して経済社会に貢献してほしいと期待しています。われわれ教職員スタッフも、その仲間に加えてもらい、一緒に活動できれば、これ以上の幸せはありません。

KBSに与えられた使命を着実に果たすために、皆と一致団結して前進していきたいと考えています。皆のこれからの活躍と、KBSへのサポートを心からお願いします。改めて新たな出発への誓いと共に、卒業を一つの区切りとして祝いたいと思います。M32の諸君、卒業おめでとう。

2011年3月29日
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 委員長
慶應義塾大学ビジネス・スクール 校長
河野宏和

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