2016.06.02

教員紹介|村上 裕太郎 准教授

この記事はKBSレポートVol.11より教員紹介の内容を掲載しています。

人はなぜ、脱税をするのか

脱税行動に関する研究は古くから存在し、人々はなぜ税法を遵守するのか、あるいは、人々はなぜ脱税をするのかについての議論は興味深く、かつ実務的にも重要である。本稿では、納税者と税務調査官の戦略的意思決定理論(タックス・コンプライアンス・ゲーム)をもとに、この理論から得られる帰結が現実世界でも成り立つのかどうかを筆者が経済実験した結果を紹介する。

タックス・コンプライアンス・ゲームとは、納税者と税務調査官の2人のプレイヤーからなるゲームで、具体的には次のような構造である。まず、納税者は真の所得を観察し、これをもとに自身の申告所得を決定する。調査官は真の所得を観察できないが、申告所得から真の所得を予想して、調査にどれくらいの努力をするかを決定する。この調査努力はコストをともなうが、努力すればするほど納税者の真の所得を発見できる可能性が高まる。このような状況下で、両プレイヤーは自己の効用を最大にするように、申告所得および調査努力を決定する。

これまで、脱税行動に関する分析的(数理モデル)研究は数多く存在しており、脱税に関する実験研究も多数存在する。しかしながら、分析的研究においては、たとえば単一意思決定モデルとゲーム理論モデルとで異なる結論が導かれるなど、全体として統一的見解がない状態にある。このため、モデルの予想に対して適切な実証的証拠を集める作業が不可欠となる。他方、実験研究においても、単一意思決定モデルを前提にしているか、もしくはゲーム理論モデルを想定していたとしても、納税者側のみを被験者とした実験しかなされていない状況にある。つまり現状では、分析的研究と実験研究とが上手く融合されていない状況にあり、脱税行動に関する重要論点が十分に検証されないままになってしまっている。

そこで筆者は、脱税行動に関する理論モデルを前提にした擬似的な社会を実験室内に構築し、そこでの納税者や税務調査官の意思決定を観察することで、理論モデルの結果が実験でも成り立つかどうかを検証した。おもに、検証したポイントは次の通りである。 (1) 税務調査官がコンピューター(PC)か人間かで、脱税行動は異なるか、(2) 税率が変化した場合、脱税行動はどのように変化するか、 (3)どのような人が脱税をしやすいのか。

主要な結果は以下のとおりであった。第1に、税務調査官がPCの場合の方が、人間の場合と比較して、納税者は脱税をしやすい。つまり、徴税コストを下げるために税務調査に関して画一的なルールを導入すると、納税者はそのルールを侵さない範囲で最大限の脱税をしようとする可能性が高い。一方、調査官が人間である場合、納税者から調査官の行動が読みにくいため、納税者は調査確率を過大に見積もったものと思われる。第2に、税率変化と脱税行動について、理論モデルの予想は「税率が下がると納税者は脱税しやすくなる」というものである。このメカニズムは次のとおりである。税率が下がった場合、調査官は同じ調査努力でも税収があげられないため、調査インセンティブが低下する。この調査官の行動原理を織り込んだ納税者は、より脱税をしても調査に入られないと予想し、積極的に脱税をする。しかしながら、実験では、税率が下がると納税者の脱税は減少した。これは、モデルが予想するほど、納税者は調査官の行動を先読みせず、近視眼的な行動をとることを示唆している。第3に、男性よりも女性の方が、一般的信頼性が高い人ほど、戦略的互恵性が低い人ほど、脱税しない傾向にあることがわかった。

税金は国家財政の根幹を成す貴重な財源であり、徴税をいかに効率的に行うか、あるいは脱税をいかに減らすかは、国家の関心事である。本研究を継続していくことにより、納税者の行動原理を少しでも解明できればと考えている。

村上 裕太郎 (むらかみ ゆうたろう)

2000年上智大学経済学部経済学科卒業、2002年大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、2006年同後期課程修了(博士(経済学)(大阪大学))。名古屋商科大学会計ファイナンス学部専任講師を経て、2009年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授。

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