慶應義塾大学大学院経営管理研究科
修士課程2009年度
特殊講義,演習募集要項 2009年2月掲示版(2009/2/6) 
『姉川ゼミナールの説明』 


募集人員 7名
プロジェクト3名を募集するが,応募がない場合は通常型7名となる。

<プロジェクトについて>
ゼミナールにおけるプロジェクトは,教員と学生数人がチームで行うものである。学生はチームで調査するが,それぞれ独自の修士論文を作成し,提出する。1人よりも,チームで行うのに適した題材を選択して実施する。農業・食品,環境,健康・医療,地域研究等のように,プロジェクトに相応しい題材は多い。しかし,現時点で申し込みはないため,現状では7名の従来型になる。
 
募集案内
a. 面談予定日 2月9日,10日,13日,16日,18日,20日午後
面談はe-mail予約者優先 
b.面談時は,氏名,連絡先,個人履歴,研究計画(いかなる領域の課題を,なぜ,どのように研究したいかを記述した資料を提出すること)
連絡先:Tel. 045-564-2015, E-mail: anegawa@kbs.keio.ac.jp

<メッセージ>
 金融危機による世界経済の後退が進行中である。世界は1年前とは全く変わってしまったようにも見える。しかし,現在の状態を予測できた人はほとんどいない。これはビジネスマン,金融家のような実務家だけでなく,経済学者その他の専門家を含めてそうである(FT,Nov.26,2008)。ここで現在の経済危機とビジネス教育とをどう関係付けるべきであろうか。

 第1は,理論の重要性である。現状の経済は,マクロ経済,金融・財務,実体経済の3者の関係として理解することが不可欠である。この3者の相互関係を理解できなければ,個別の企業経営に対応することもできない状況になったということだ。個人がマクロ経済の展望,金融・財務の理解をもって初めて優れた企業経営のミクロの対応ができる。ミクロの対応を考えてこそ,マクロ経済,金融・財務の展望が得られる。このように3者の理論が不可欠になったことが重要である。

 第2は,専門能力と,総合能力の双方の重要性である。金融・財務の技術的理解は現在の金融を作り出した基本条件である。これを知らないことには話しにならない。したがってすべての実務家は,その基本的な内容は,かなり程度まで理解する必要がある。しかし,それもある程度までで,最先端の部分はあまりにも細分化していて,大部分の人間には無縁である。ところがその最先端に携わる人々であっても,自らの金融・財務的技術を過信して,簡単な点で致命的な誤りを犯し,それが世界的な失敗をもたらした。専門以外の能力を活用する能力,多様な知識,判断を総合する能力,すなわち常識が欠けていたという事実である。マクロ経済についてもそれを1つの専門的分野として他とは孤立して理解するのではなく,現状の理解と経営において応用しなければならない。高度ではあるが,狭い専門主義が失敗したということである。

 第3は,予測の重要性である。予測は困難である。しかし,それは予測の必要性を減じるものではない。予測を放棄し,リスク対策を怠ることで,現実の対応はさらに困難になる。「バブルを予測するのは不可能だから,危機が生じてから対処するしかない」(A. Greenspan)。これは理論に基づいて,利害を離れて将来に備えるという社会的役割を忘れたということである。すなわち,彼は知識人としても,公人としても不完全であったことを意味する。このような態度が,予測や対処をより困難にする。危機が起きてから対応できることは限られる。リスクを予測し,危機が現実化する前に対処することが必要である。予測し,リスクを予見し,その回避方法を提示する人は必ずいる。しかし,予測を軽視し,リスク対策を怠る人々が,それらの意見の実現を妨げる。

 第4は,的確なマクロ的展望を持つことの重要性である。現状を「100年に1度の未曾有の経済危機」と呼ぶ人々がいる。しかし,これらの人々は1990年代末のIT景気を,「100年に1度の好機」と呼び,「景気循環は消滅した」,「グローバリゼーションは議論の対象ではなく,事実である」といった根拠のないフレーズを喧伝した人々でもある。その具体的事例は身近にも多い。それらの人々に共通するのは,起きている現実を,十分な理論分析,価値判断のないままに受け入れることである。その陰には,時流に乗り,物事を自らの思うように進め,利益を得ようという処世術が隠されている。

  第5は,意思決定方法の問題である。間違った現状認識と,誤った判断を持つ人々が組織を動かすときに用いる意思決定方法は,情報をコントロールし,空疎な標語を振りかざしながら,多数決の体裁をとるという,事実上の専制である。彼らはそのように組織を操作し,それが自らの利益にもなるのだという幸福な錯覚に満足していたのだが,実は自らも巻き込むような深刻な失敗を犯していた。もちろん彼らは自分達の愚かさが,失敗の原因とも考えないし,失敗の責任をとるべきとも考えない。もともと責任をとるには損失が巨大すぎるのだ。愚かな判断が組織や社会を壊すことが世界的規模で多発する。これを未然に防ぐことがガバナンスの究極の課題であるが,それがうまくいかず,失敗は繰り返される。

  第6は,そこでガバナンスとビジネス教育の関係が重要になる。ガバナンスの失敗は,責任を負うべき人々において,現状を理解するための勉強が足りず,予測,リスク対策を活用する常識がなかったということに帰着する。簡単に言えは知性がないということである。しかし,そのような人々に組織や社会について大きな権限を与えてしまったのである。精妙なガバナンスの仕組みも役に立たない。それを悔いた人々がリーダーを取り替えようとし,それに成功する例も現れる。しかし,それを上回る大多数は,目前の危機をしのぐ対応に精一杯である。このような失敗の根幹には,リーダーだけでなく多数が備えるべき理解力や判断力を提供することに失敗したという意味で,現在のビジネス教育の根本的な欠陥がある。

  MBA労働市場の急速な好転は予想できない。それを前提に,学生はより的確な自らの長期的マーケティングが必要である。落ち着いて勉強するしかないという状況は,ビジネス教育には願ってもない好機である。現状が責任ある人々の勉強不足と常識不足によってもたらされたのであれば,教育からやり直すしかない。ところが,ここでKBSという身近な場所に目を向けると,修士課程2年次になると,学校に現れることもまれな学生が多数いる。貴重な機会を進んで放棄しているようにしか見えない。もう少しまじめな学生にも別の問題がある。中途半端な専門と,不完全な総合で満足してしまうという,手軽さを好む傾向である。専門がこれほど細分化し,しかも高度な専門家ほど失敗しているという事実を前にしてである。しかし,それも考えれば,本当の意味で,刺激のあるカリキュラムや,必要な学習環境を提供できていない学校の責任である。

  1月半ば,数人の名誉教授が来校し,修士論文発表会を聞いた後,それぞれ違う言葉で次の感想を述べていたという。「建物は前よりも立派になった。しかし,修士論文はそうではない。学校全体としてはさらにそうでない。いったいどうしたのか。」新しいものが古いものよりも優れているとは限らない。優れた制度や組織が劣化するのは世の常である。その劣化が症状として顕れたときには,病は深く進行している。

  ビジネス教育の場で,徹底的に考え抜き,深刻な現実に対処するきっかけとできれば,現在の世界的景気停滞も悪いばかりではない。自らをまず反省しつつ,そう考える。

1.ゼミナールの目的
学生は修士論文作成を通した基礎能力,専門能力の向上をめざす。 教師は学生の指導を通して,課題を共に考える。

2.ゼミナールの定義
「セミナー,seminar」,「研究室,laboratory」,「チュータリング,tutoring」の区別の必要性
a. セミナー:特定課題について専門的手法,関心を共通する研究者が集まり,課題を解決する場
b. 研究室: 特定課題を解決するために,指導的研究者を中心に,研究者,学生,その他によって構成される組織
c. チュータリング:学生の特定の課題について,先達の研究者が定期的に指導すること
3者はそれぞれ異なる。本ゼミナールはaとcである。

3. ゼミナールの構成
1学期の特殊講義,2学期の演習によって構成される。
KBS学事における両者の区別は学期の違いだけである。
本ゼミナールは,特殊講義においては,専門科目,研究手法について,学習する。
演習においては修士論文指導を行う。

4. ゼミナールの運営
a. 経済理論,財務理論,統計分析,経済法等の中から基本文献を1冊を決めて講読する。
b. 学生の研究と関心に応じて相談して選択した専門基本文献を適時講読する。
c. 修士論文の作成を目的として,ビジネス研究の方法論に関する講読と演習を行う。
d. 各学生は,通常1学期は3週間に1度,2学期は隔週に1度,約1時間ほどの発表を行い,参加者全員で討議する。
e. 参加者全員の場所で修士論文作成のためのチュータリングを行う。

ゼミナールの実施期間は4月から2月末日まで曜日,時間帯を固定して,平均して週1回3時間の全員参加のセッションを行う。通年で40から45セッションある。セッション準備のために,3倍の準備時間が必要である。自分が発表する場合の準備時間はこれを上回る。交換留学生には,2学期の演習が実施できないため,7-8月,1-2月に分けて演習を実施する。

基本文献講読は参加者が共通して関心を持つ代表的教科書を選択する。
平成17年度はDamodaranのCoprate Financeを1冊読んだ。平成18年度,19年度は時間が足りず,1冊を読む通すに至らなかった。平成20年度は改めてこれを行う。次年度は財務,統計学,経済法,あるいはゲーム理論等のいずれかの分野の教科書,あるいは経済史,経済思想史の古典等から代表的な著作を選択して読むことを計画している。その選択は受講生の関心に合せて決定する。

5.履修者の決定基準
定員7名。履修者は学生の修士論文の題材と,ゼミナールで学習したい内容の2点によって決定する。修士論文の題材は限定しない。学生が自ら検討したいという題材,課題であることが不可欠である。学生は1年を通じて,研究を継続する意欲と,根気,熱意が不可欠である。

担当教員の研究領域は,医療経済学,教育経済学,技術政策,研究開発マネジメント,その他であるが,学生の題材はこれらに関係する必要はないし,奨励もしていない。また,担当教員は経済学専攻であるが,学生が修士論文に経済学を用いる必要はない。

履修者の決定は履修希望の学生との2回目の面談を終えた2月16日以降に,学生の希望に即して順次決定する。2月14日深夜の決定は行わない。この決定タイミングでは都合の悪い学生は予め講師と相談すること。

6.講師紹介
姉川知史 Anegawa Tomofumi
Yale University卒業, Ph.D (Economics)
専攻:企業経済学,実証産業組織論
最近の研究分野:規制と研究開発,知的財産権の経済学,企業評価とM&A,医薬品産業分析
その他の経歴情報: http://www.k-ris.keio.ac.jp/

7. 過去の学生研究題材
2008年度:富裕層の研究
2007年度:MBOファンド,中国の銀行改革,中国企業の配当政策,NBAドラフト制度の研究
2006年度:日本のソフトウェア企業のPMと資質,映像配信ビジネス,私立大学経営,港北区箕輪地区の産業集積,撤退の研究,書店の経営戦略
2005年度:中国株式市場のIPOの初期収益率/企業不祥事の統計的研究/社会責任ファンドのパフォーマンスの統計的研究
2004年度: ゴルフ産業復興への施策/株式分割による超過収益の分析/食品産業の製品開発における特許の有効性/家元の経営学/イノベーション創造母体としての産業クラスター/組織横断チームによる業務改革プロジェクトのマネジメント
2003年度:金融機関のIT開発システム/核燃料リサイクルの費用と立地選択/事業売却とコーポレート・ガバナンス
クレジット産業のブランド価値/特殊鋼の価格と企業業績/コーポレート・ベンチャー
2002年度: 株式オプション供与/中国株式市場とIPO/キャラクター・ビジネスと企業
2001年度: 半導体産業分析/テークオーバー/M&A/倒産確率の計測/中国のインターネット販売
低所得国対象の医薬品開発スキーム
2000年度:広告予算の経済分析/M&Aの効果の財務的分析/石油先物市場の実証分析
コーポレート・ガバナンスと日本企業の業績の研究/情報化投資と企業業績の分析
1999年度以前:
石油産業の精製・販売の垂直統合の分析/北米における本田技研の工場立地と地域統合の研究
日本の航空産業の分析/電力産業のデマンド・サイド・マネージメントの研究
日本のCATVの普及要因の研究/洋書の内外価格差の分析/日本・中国の合弁企業の分析
日本の電機産業の海外投資とR&D/阪神大震災と株価/バッテリーのリサイクル
異文化のプロジェクト・マネージメント/Emergent marketにおける証券投資と直接投資
石油価格の変動とヘッジング/製薬産業の戦略的提携/製薬産業のライセンス/巨大企業合併の利益率等
不動産証券化/ゲームソフトの需要分析と製品企画