ケースメソッドのこれまで
実践的経営教育のための授業方法の模索
慶應義塾にはわが国の実践的教育を先導する責務があります。これは福澤諭吉による本塾の建学の精神であり、慶應義塾はこの責務を具体的に果たさなければなりません。このことから、1978年に日本で初めて大学院に設置されたプロフェッショナルスクール型のビジネススクールにおいても、経営学を実践学問として捉え、実践教育を行う必要がありました。
日本型経営を根底で支える人材は、専門化が進んだ今日でも、特定の領域に強いスペシャリストよりはむしろゼネラリストです。高度に統合された教育訓練を受けたゼネラルマネジャーを輩出するためには、経営学を一科目ずつ理論知識として教えるだけでは不十分で、経営の場に求められる実践能力として身につけてもらうことが欠かせません。またもちろん、大学院教育である以上、そのような実践能力は学術研究成果に裏打ちされたものでもなければなりません。このような教育要件を見据えたとき、ビジネススクールで用いる授業方法として、ケースメソッド授業は目的適合的でした。
ハーバード流ケースメソッドを日本に移植
ケースメソッド授業は、
1)価値ある教育訓練主題を含んだケース教材、
2)討議を通して参加者の自律的な学習を促すことができる教師、
3)講義で教わることを期待するのでなく発言しながら自ら学ぶ準備のある学生、
の三つの要素が揃っていなければなりません。
開設期における教育リソースとして特に不足していたのは、1)の教材と2)の教師でした。そこで、ハーバードビジネススクールで作成された英文ケースを日本語に翻訳して当面の教材としました。また、この当時、日本にはケースメソッド授業の実施事例がなかったため、教員をハーバードビジネススクールに派遣して教授法を習得しました。
ケースメソッドの日本化、そして慶應化
ケースメソッド授業はMBAコースのみならず、現役のトップ/ミドルマネジメントを対象とするセミナーにおいても一貫して行われるようになり、日本企業の経営能力向上に資するとともに、教室を構成する現役企業人によっても磨かれていきました。また、日本企業を題材としたケース教材の独自開発と蓄積が進み、経営管理研究科のケースメソッドは徐々に日本化していきました。
ケースメソッドの維持と向上に向けた取組
日本企業の経営土壌を基礎にするケースメソッド授業が展開され、それが安定すると、経営管理研究科はケースメソッド授業法を維持・向上させていくための活動を開始しました。その成果として、PhD課程/MBA課程併設科目としてティーチングスキルを教える「ケースメソッド教授法」が1996年に開講されています。これは、いわゆるFD科目(Faculty
Development)でもあり、今日では両課程の学生のみならず、多くの大学教員をはじめとする多数の学内外履修者も迎えて開講されています。
この科目の開講は、本研究科が後年に抱えた課題への対応でもありました。ハーバードビジネススクールへの教員派遣は開設当初に限られ、次第に教員全体としてのケースメソッドスキルの希薄化が危惧されていたため、シニア教員の授業見学という従来の方法に加え、「ケースメソッド教授法」が新任教員の集中訓練の仕組みとしました。
研究科内の組織体制としては、日本で行うケースメソッド教育のあり方を探求するための教員組織である「ケースメソッド研究会」(1995年設立、現在は発展的に改組)、および既存のケース教材の管理や、新たに作成されたケース教材の審査およびデータベース登録を行う「ケース室」があります。近年になって「マネジメント教育学習センター」が新たに設置され、この中に「ケースメソッド授業法研究普及室」と「ケース室」を置き、組織を再編しました。これはケースメソッド授業法とケース教材開発の標準化と高度化に向けた努力をさらに積極的に行うためです。
ケースメソッドの普及に向けた取組
わが国の今日課題である技術経営人材の育成にも、経営管理研究科のケースメソッドは貢献しました。本研究科は平成16、17年度に経済産業省からMOT事業を受託し、産業競争力強化のための技術経営人材の育成を目指すべく、ケースメソッドで教えることのできる講師養成のための教材やセミナーを数多く開発し、MOTスクール(技術経営大学院)教員に向けて提供しました。
また、ごく最近の新たな取組としては、遠隔地の他大学教員に向けて「ケースメソッド教授法」をe-learning形式での提供、およびケースメソッドの普及促進のために解説入り授業サンプル映像とハンドブックの関係各所への無償配布があります。