シンポジウム開催報告
「大学院で行う実践者養成教育の基本要件を考える」

本シンポジウムは平成19年3月21日(月) 13:00~16:00
慶應義塾大学三田キャンパス大学院校舎313教室において62名の参加者を迎えて開催されました。
参加者は大学教員が中心でしたが、他にも大学職員、現役の社会人大学院生、企業人(その過半数は教育産業)、非営利組織従事者と多様でした。
これまでにも、ケースメソッドやPBLといった実践者養成教育の方法論に関するシンポジウムは度々開催されてきましたが、具体的授業方法を選択する前段階としての、「実践教育の基本要件」を議論する場としてのシンポジウムは、おそらく初めての開催であったと思われます。
3時間ほどの討議は、抽象度の高い話題を扱ったり、教育現場での泥臭い話題に戻ったりしながら、実践教育の基本要件を本質的に捉えようする熱気に満ちていました。
以下に、当日のシンポジウムの内容から抜粋して、ご紹介します。
第1部 講演「実践的養成教育の基本要件」
「ビジネスリーダー育成のための実践的教育」
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 高木 晴夫
ビジネスリーダーの育成を実践的に行うには、経営組織での仕事が彼ら彼女らに何を要求してくるのかを考えることから始めるべきだ。分業によって生じてくる組織には「分化」と「統合」の二側面がある。この二つをそれぞれ別の言葉で捉えると、「担当業務」と「連携業務」、「専門知識」と「実践力」とも言い表せる。日本企業の多くは職務記述書を持たずに「人が仕事を作っていく組織」なので、後者の能力を伸ばすことが重要だ。
「エンジニア育成のための実践的教育」
大阪大学名誉教授
大阪産業大学大学院工学研究科アントレプレナー専攻教授 大中 逸雄
実践的教育を目指す以上、「何を実現するために、どのように教育を行うのか」という教育目的の明確化がまず必要で、その目的をよりよく達成するための、適切な教育・学習方法の選択が重要である。プロフェッションとしてのエンジニアには、専門領域に関する高度な知識と研究能力に加えて、エンジニアリング・デザイン能力が欠かせないばかりか、対人関係能力などのソフトスキル、倫理観、社会に配慮する力も求められている。
福祉経営のための実践的教育
日本福祉大学福祉経営学部長 柳 在相
そもそも福祉は、経営数値を第一に考えるものではない。とは言え、消費者が福祉事業者を選ぶ時代に入った今日、継続的にサービスを提供していくためには、少なくともその活動に要するコストを賄っていくための経営の視点が必要だ。ところが、福祉組織においてそのような価値観の共有は意外に難しい。大学院で福祉経営教育を実践的に行うためには、トップマネジメントの理解、教材の開発、教員の養成が欠かせない。
技術経営のための実践的教育
東京農工大学大学院技術経営研究科リスクマネジメント専攻教授 中村昌允
技術経営教育で育てたい人材は、経営の分かる技術者であり、技術の価値の分かる経営者である。そのような教育を行うために、授業のあり方が大きく問われている。農工大の社会人大学院生たちが書き残した講義評価によると、彼ら彼女らは「意思決定が求められる生々しい場面」「実例やケーススタディ」「コミュニケーションの双方向性」「教員の準備と熱意」「考えさせる授業」を強く求めている。問題はそれにどう応えるかだ。
第2部 パネルディスカッション「基本要件の領域通性と実践課題」
パネリスト
- 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教授 高木 晴夫
- 大阪大学名誉教授
大阪産業大学大学院工学研究科アントレプレナー専攻 教授 大中 逸雄 - 日本福祉大学福祉経営学部長 教授 柳 在相
- 東京農工大学大学院技術経営研究科リスクマネジメント専攻 教授 中村昌允
ファシリテーター
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特別研究助手
ケースメソッド教育研究所代表 竹内 伸一
「さまざまな領域で実践教育が標榜され、実践されているが、領域を問わずに重視されるべき点は何か」「教育の実践度合いを高めようとするが故に抱える課題は何か」「実践という状況が主として現場にあるのだとすれば、そこを日常の居場所としていないアカデミックの教員は、実践教育にどのように貢献すべきか。あるいは貢献し得るか」「実践教育を大学院の授業という諸制約条件のもとでどのように実現し得るか」などの問いについて、パネリストが相互に意見交換した。
これらの論点に共通して浮かび上がってきたことは、実践者を育成しようとする教育場面では、教える側にも学ぶ側にも、「高いコミュニケーション能力」が求められることであり、この言葉がパネルディスカッションでの最頻出語となった。
シンポジウム総括
1. 今回のシンポジウムの成果
登壇者および参加者との議論を通して、「実践教育」という教育領域の輪郭とその特徴をつかむことができた。また、「実践教育」という教育取組領域での具体的な教育活動の様子や課題について、情報共有ができた。今回のシンポジウムを行ったことで、「実践教育」というテーマでシンポジウムが十分に成立することが確認できたとともに、本シンポジウムの前後で他大学の教員との交流がいくつも始まっている。
逆に不十分だったのは開催時間で、計画していた講演内容、パネルディスカッション内容に対して不足していた。そのため参加者が期待していたであろう討議深度に対して、掘り下げ不足の感が否めなかった。これは進行の問題でもある。
2. 今後の補助事業への反映
実践教育の現場にいて、さまざまな課題に直面している大学教員たちが相互に議論する場を持ったことで、次年度以降の事業活動で掘り下げていくべきテーマの探索が進んだ。今回のシンポジウムで浮かび上がったポイント(例えば、「プロフェッション教育」という視点、実践教育におけるコミュニケーション能力の重要性、など)により大きく焦点を当てることで、他大学の教員とより深く交流していくための糸口が得られそうである。このことは、本事業が掲げている4つの補助事業、すなわち「授業方法の高度化」「教材の高度化」「FDの高度化」「教員交流と情報発信」のうちの、とりわけ後二者を大きく後押してくれるものと期待される。
本シンポジウムは、慶應義塾大学が取り組む文部科学省特色GP(特色ある大学教育支援プログラム)事業の一環として開催されました。