文部科学省「特色GP」

シンポジウム2008 開催報告

文部科学省「特色ある大学教育プログラム」シンポジウム

ケースメソッド授業とケース教材

主 催 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 日本ケースセンター(財団法人貿易研修センター内)
日 時 平成20年3月4日(火)・13日(木) 両日とも9:00~17:00
場 所 慶應義塾大学三田キャンパス南館(法科大学院校舎)地下4階「ディスタンスラーニング室」 同一内容で2回開催

2年目の特色GPシンポジウム

img慶應義塾大学大学院経営管理研究科が取り組む特色GP事業は2年目を迎え、昨年3月に引き続き、平成19年度を総括するシンポジウムがこのほど開催されました。
昨年度は、大学院で行う実践者養成教育の基本要件を考えるためのシンポジウムでしたが、今年度は、昨年の議論を「ケースメソッド」という授業方法に特化して深めるための開催です。

シンポジウムのタイトルは「ケースメソッド授業とケース教材」。このタイトルは、ケースメソッド授業の成立条件である、1)授業運営方法への理解とスキルの獲得、2)ケース教材の入手と活用、のふたつの要素をどちらも扱う、という趣旨で名付けられました。基本構成は、より多くの方にケースメソッド授業への理解を深めていただくためのワークショップパート、経営教育以外での教育分野におけるケースメソッド授業実践情報を交換して議論し合うシンポジウムパートの2部構成です。シンポジウムパートでも、登壇者が教えている3つの教育領域で、ケースメソッド授業を構成する授業運営スキルと教材がどのように扱われているかが浮かび上がるように運営されました。

シンポジウムの内容と参加者

img午前中はケースメソッド授業に関する基礎知識を確認するためのオリエンテーションから始まり、続いて、ケースメソッド授業を疑似的に体験するための時間が設けられました。特に今回は、参加者の皆様に、「個人予習」「グループ討議」「クラス討議(ビデオ視聴による)」の一連のプロセスを実際に体験したもらったことで、ケースメソッド授業を身体で感じていただけたと思います。ここまでが「授業運営方法への理解とスキルの獲得」に向けたコンテンツです。

午後は、はじめにケース教材への理解やその選択方法、および教材の流通に関する情報が提供され、ふたつめのテーマである「ケース教材の入手と活用」に焦点が当てられました。続いて、3つの教育領域におけるケースメソッド授業事例が報告され、それを受けてパネルディスカッションに入りました。このパートでは、登壇者が教えている専門領域で、どのように教材を選択、調達して、どのような理解をもとにどのようなディスカッションリードを行っているかが、苦労話も交えて情報交換され、議論されました。

シンポジウムの開始時刻としては早めの朝9時から夕方5時まで、丸一日行われたシンポジウムですしたが、それでも議論し足りない多くの参加者が、閉会後の交流会(会費制)に集い、朝早くから夕方遅くまで、慶應三田キャンパスで一日を過ごしていただきました。

参加人数は両日合わせて135名。その半数強が大学教員で、その他にも、大学職員、現役の社会人大学院生、教育産業従事者、非営利組織従事者と多様でした。

以下に、当日のシンポジウムの内容から抜粋して、ご紹介します。

1.オリエンテーション「ケースメソッドとは」

慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 特別研究講師 竹内 伸一

講演内容は、
(1) 「ケースメソッド」という言葉の定義と用法、
(2) ケースメソッド授業の外見的特徴、
(3) 教育効果、
(4) 授業で重視しているキーコンセプト、
(5) この授業の実現方法、など。
ケースメソッド授業の教育効果を支えるものがキーコンセプトであり、「学びの共同体」「勇気」「礼節」「寛容」「温かいムード」「学生との同盟」がとくに重要である。ケースメソッド授業の実践可否の判断には、教師が学習者に求める学習方向性、授業運営技術の習得可能性、ケース教材の入手可能性、を考慮するとよい。

2.グループディスカッション

「学校の声が聞こえてこない」「青梅慶友病院と大塚宣夫」の2つのケースを併用し、参加者が座席周辺の4~5名で1つのグループとなり、約30分間、各自で予習してきた内容をもとに意見を交わし、クラス討議に備えるための予備ディスカッションを行った。

3.ビデオ視聴によるクラスディスカッションの疑似体験

「学校の声が聞こえてこない」「青梅慶友病院と大塚宣夫」約90分

個人予習とグループ討議を終えた参加者が、「もし自分がクラス討議に参加するならば」という気持ちで、慶應ビジネススクールですでに行われたクラス討議の映像を視聴した。映像は3分割画面で構成され、教師と黒板、階段教室の左半分、同右半分の様子が分かる。参加者はこの映像を視聴しながら、教師の言動や板書、参加者の発言連鎖のでき方、クラスの協働状態、発言後の表情などを教師の立場で観察した。また、もう一方で学生の立場にも立ち、討議参加者としての自分の思考も巡らせていた。

4.質疑応答/回答者 高木、竹内

主な質問は次の通り。「板書をするとき、どのようなことを心がけているのか」「講師と受講生の間での会話になり、受講生同士の会話に発展しないのだが」という悩みに対しては、「講師が決まった場所に立たず、教室の中を移動する」「授業後には討議から何を学ぶべきかを講師が整理し、納得させるプロセスを踏まないと、実践に結び付けることが難しいのではないか」「成績の評価方法は」「受講生のレベルに差がある場合の留意点は」「否定的な発言や、先回りした発言にどう対処すべきか」など。

5.ケース教材の選び方と使い方/(財)貿易研修センター 人材育成部長 稲葉 エツ

ケース教材を分類する切り口はいろいろあるが、事例研究ケース(研究ケース/情報ケース)/討議用ケース(理論適用ケース/分析ケース/意思決定ケース)で、まず分類できる。検索項目教師がケース教材を選択する場面では、学生に何を学ばせたいかを考え、学習目的、学生たちの知識量、論理思考力、興味関心に応じて最適なものを選択する。ケースを選ぶ際の現実的なポイントとしては、ケースの長さ、ケース中の意志決定者の職位レベル、討議できる内容、ティーチング・ノートの有無、教師自身のケース体験を考慮することになる。

6.「様々な教育領域でのケースメソッド授業」~より広い場面での活用を目指して~

パネリスト : 岡田 加奈子/千葉大学大学院 教育学研究科 准教授(学校保健領域)

教員組織は比較的縄張り意識が強く、他の先生の領域に踏み込めないという特性がある。しかし、学校教育で課題となっている確かな「学び」と豊かな「育ち」を実現するためには、教師のコミュニケーション能力を向上させる必要があり、ケースメソッド教育を導入する意義はそこにある。ケースとティーチング・ノートの開発方法、これまで開発したケース、参加者の授業後の感想を紹介した後、ケースメソッド教育が千葉大学教育学部全体の取り組みとなり、平成20年度の教育研修センターの教育研修モデルカリキュラムの開発プログラムに選定された。

パネリスト : 中村 昌允/東京農工大学大学院 技術経営研究科 教授(技術者倫理)

MOT教育の狙いは、技術立脚型ビジネスを主導する人材を育成し、世界最高水準の日本の研究開発投資の経済価値化を推進して、産業競争力の向上を図ることである。MOT教育では、実際の事例をもとに仮想体験し、自分の行動・判断基準を繰り返し作ることで、企業で20年程度かかって身につく実践力を2年間で磨き上げることを目指している。MOTで求められる授業は双方向の授業であり、教育方法としてケースメソッドは有効だと考えているが、予習負荷が過大にならないように配慮することや、夜間の授業を90分で完結させることへの工夫も必要である。

パネリスト : 渡辺 尚彦/東京海洋大学 海洋科学部 教授(食品製造安全管理)

フードサプライチェーンの安全管理分野でのケースメソッド授業として、雪印乳業、BSEなど、現在までに開発したケースで教えている他、物理学の授業にも取り入れている。ケースメソッド授業の導入にあたっては、まず利用可能なケースの調査・検索から始めるが、適切なケースに出会えない場合は、自分で書くことになる。当初、ケースにはあらゆる情報が内包されていないといけないと考えていたが、慶應ビジネススクールでケースメソッド教授法を学んだ後は、ケースは「議論のきっかけを与えるものである」と分かり、それ以来、肩の力が抜けて筆が進むことになったとした。

モデレーター : 高木 晴夫/慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授

3人のパネラーのそれぞれの専門分野での、ケースメソッド授業あるいはケースの作成ということが、その分野固有の必要性とともに、あるいは、必要だからこそ実施しようとすると難しいさがあるという意味での困難さに対してなされている工夫も交えて、具体的に紹介された。しかし、この3分野が実践教育の代表分野だということではないので、フロアにいる先生方の教育分野での工夫、あるいは悩みを、この3人のパネラーの方にぶつけてみたら、どんな反応が彼らから戻ってくるのか、ということの繰り返しという形で今日は進めて、私も時々そこに加わることにしたい。

シンポジウム総括

今回のシンポジウムの成果

慶應義塾大学大学院経営管理研究科で特色GP事業を行っているケースメソッド授業法研究普及室では、組織名称の通り、ケースメソッド授業法の普及を目指している。したがって私たちは、「ケースメソッド授業への知識や経験は少ないが、興味は大きく持っている」という大学教員に数多く接し、そのような方々の好奇心を満たし、実践に導くための情報を提供する方法をいつも考えている。この意味において、本年度に開催した2回のシンポジウムは、私たちの事業目的をはじめて達成した機会になった。毎年度末に開催するシンポジウムは、本事業の中間年度ゴールであり、マイルストーンである。今回のシンポジウム成果は、最終年度に達成するべき最終ゴールを上方修正する可能性を示唆してくれたという点で、一定の評価が可能だと考えている。

今後の補助事業への反映

本シンポジウムの成果は、最終年度の特色GP事業に大きく反映され得るものである。ケースメソッド授業法の普及を目指す立場で行う慶應義塾の特色GP事業は、慶應義塾の学生が享受する恩恵も数多く作り出すが、他大学で実践教育に従事する先生方を応援するものでもありたい。その意味では、今年度のシンポジウムは今後の補助事業を一段階押し上げるためのきっかけであり、それをいかに生かすが私たちには問われている。シンポジウムに参加いただいたことで出会った先生方との今後の交流活動が、今後の補助事業、とりわけ事業年度内にあと12回発信予定のニューズレター、そして平成20年度末に開催するシンポジウムのテーマ設定や、そこで紹介できる情報の豊かさに、大きく影響する。実践教育にコミットする大学教員間のネットワークを、より一層豊かなものにしていきたい。

本シンポジウムは、慶應義塾大学大学院経営管理研究科が取り組む文部科学省特色GP(特色ある大学教育支援プログラム)事業の一環として開催されました。

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