文部科学省「特色GP」

シンポジウム2009 開催報告

文部科学省「特色ある大学教育プログラム」シンポジウム

ケースメソッドに期待できるもの - 多種教育領域での実践コラボレーション -

主 催 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科
日本ケースセンター (財団法人貿易研修センター内)
日 時 平成21年3月5日(木)10:00~16:00
場 所 慶應義塾大学 三田キャンパス南館(法科大学院校舎)
地下4階 ディスタンスラーニング室

最終年度の特色GPシンポジウム

慶應義塾大学大学院経営管理研究科が実施する特色GP事業は最終年度を迎え、3年間の取り組みを総括するシンポジウムを開催しました。

一昨年度は大学院で行う実践者養成教育の基本要件を考えるためのシンポジウム、昨年度は実践者養成教育のうち「ケースメソッド」という授業方法に特化して深めるためのシンポジウムを行いました。 今回のシンポジウムのタイトルは「ケースメソッドに期待できるもの- 多種教育領域での実践コラボレーション-」です。

ビジネススクールにその軸足を置くケースメソッド教育は、現在では福祉経営、技術経営、養護教育、食品安全、医療安全、教育倫理など、分野を超えた「横の広がり」を見せています。さらに、学部教育や高校教育にも取り入れられるなど、「縦の広がり」も進んでいます。他様な教育領域において、ケースメソッドが活用される中、この教育方法に惹かれた教員たちは、それぞれの現場でどのようにケースメソッド教育に取り組み、どのような課題を感じているのでしょうか。

本シンポジウムでは、日本におけるケースメソッドの普及に取り組んできた竹内伸一(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特別研究講師)と稲葉エツ(日本ケースセンター/財団法人貿易研修センター 人材育成部長)から課題提起をし、その後、各々の教育分野で先端的なケースメソッド授業を行なっている4名の大学教員が事例報告を行いました。最後にパネルディスカッションを行い、登壇者と会場の参加者を交えた活発な議論を繰り広げました。

シンポジウムの内容と参加者

午前10時、高木晴夫(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)と赤津光一郎(財団法人貿易研修センター 専務理事)の開会挨拶でシンポジウムは幕を開けました。

次に、「現状の課題と展望」と題し、竹内伸一(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特別研究講師)と稲葉エツ(日本ケースセンター/財団法人貿易研修センター 人材育成部長)から、わが国のケースメソッド教育の現状が整理され、課題が提起されました。

その後、事例報告(パート1)として篠田道子氏(日本福祉大学日本福祉大学大学院医療・福祉マネジメント研究科教授)、丸山恭司氏(広島大学大学院教育学研究科准教授)からの報告がありました。

昼食休憩を挟み、午後は事例報告(パート2)として森本剛氏(京都大学大学院医学研究科医学教育推進センター講師)、水野由香里氏(西武文理大学サービス経営学部専任講師)が報告を行いました。

続いて、パネルディスカッションでは報告者4人全員と高木晴夫、稲葉エツがパネリストとして登壇し、竹内伸一がファシリテーターを務めました。

本シンポジウムの参加人数は62名で、大学教職員をはじめ、教育産業従事者、非営利組織従事者、大学院生など、今回も多様な参加者が集まりました。

以下に、シンポジウム当日の内容を抜粋してご紹介します。

開会挨拶

高木晴夫(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 松下幸之助チェアシップ教授)

本プログラムを3年間続けてきましたが、私たちがどこまで辿り着けたかが今回のテーマです。私たちなりに「慶應型のケースメソッド」の確立に努めてきたのですが、2年目くらいから日本のビジネススクールではケースメソッドはあまり広がらないなと思うようになってきました。その代わり、もっと多くの、他の教育領域で根付いていくのではないかと感じています。ビジネススクールで進化したケースメソッドですが、他の教育領域とも共通する部分があるはずです。それは何だろうということで、今日は報告者の方々に色々な事例をご紹介いただきたいと思います。

開会挨拶

赤津光一郎(財団法人貿易研修センター 専務理事)

貿易研修センターは人材育成事業の一環として「日本ケースセンター」を立ち上げ、日本におけるケースメソッドの普及・促進に取り組んでいます。ケースメソッドとは何か、ケースの書き方、教授法など、セミナーやワークショップを開き、医療福祉、農業、行政など様々な分野からご参加をいただいています。ケースメソッドがビジネスの世界に限らず、広く活用されることを願っています。今日は会場の皆様から忌憚のないご意見をいただき、今後の事業展開に生かしたいです。

現状の課題と展望

竹内伸一 (慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特別研究講師)

 今日、「実践者養成の場」としての大学に期待が高まってきています。学部教育においても実践的教育の側面がクローズアップされつつあり、大学で行なう実践教育の概念化がより高度に求められています。ケースメソッドは、論理思考力、コミュニケーション力、他者への配慮など、リーダー人材に求められる諸能力が、総合的に養われる授業方法です。しかし、未だ多種教育領域での展開を下支えするための実践的知見が十分に整理されておらず、授業担当教員の負荷を低減するための仕組みも十分ではありません。パネルディスカッションでは、会場のみなさまも交え、普及に向けた課題の明確化とその克服の可能性について幅広く議論できればと考えています。

現状の課題と展望

稲葉エツ (日本ケースセンター/財団法人貿易研修センター 人材育成部長)

3年前に日本ケースセンターを立ち上げました。以来、ケースメソッドの広報、研修、ワークショップ、ケース開発ガイダンスなどを行っています。現在の登録会員は約900名(機関)、扱うケース教材は海外の翻訳ケースを中心に300程度となっています。この3年間の経験から、国内のケースメソッドの現状、海外のケースメソッド展開、今後の課題と展望をお話します。ケースメソッドは、知識以外にもスキルや価値観、態度などを磨くことのできる、非常に威力と魅力があるものです。海外では様々な、異なったスタイルのケースメソッドも開発され、広がっています。日本でも、情報交換の場づくりをはじめ、ケースリードスキルの育成とケース開発の促進を図るためのさらなる工夫が必要ではないかと考えています。

■事例報告(パート1)

篠田道子 (日本福祉大学日本福祉大学大学院医療・福祉マネジメント研究科 教授)

高度な専門性を備えた福祉現場の人材養成において、ケースメソッドに取り組んでいます。日本福祉大学が採択された大学院GP(文部科学省「特色ある大学院教育」)の中で、人材養成プログラムの一つとしてケースメソッドを導入しています。同時期に行った新研究科「医療福祉マネジメント」の立ち上げにおいても、医療、福祉、経営のマインドを兼ね備えた人材の育成にケースメソッドを生かしています。2007年度にケース教材の開発に着手し、2008年度には15ケースを開発しました。私たちはケースメソッドを組織的に導入し、通信・通学の両課程において、ケースメソッド演習として学生に提供しています。「ディスカッションリードの運営スキルアップ」と「ケースの開発」を両輪で進めていくことが必要で、それをどのように実践していくかが課題です。

■事例報告(パート1)

丸山恭司 (広島大学大学院教育学研究科 准教授)

今、教師の倫理が問われています。使命感や責任感、教育的愛情など、教師が本来、持っているべきものが、わざわざ言葉にして語られなければならないという現状があります。学校教員という専門職者を養成するには倫理の部分をどう教え、学ぶかが重要です。私の関心もそこにあります。この点で、ケースメソッドは新しい可能性を示しています。ケースメソッドに期待していることは、知識や理論の応用的理解、広いパースペクティブ、自らの考えを他者に説明する能力、そして専門職者としての考え方、態度、倫理観の養成に効果を発揮することです。実際の授業で用いるのは、一番短いものでA4用紙1枚程度の短いケースです。これなら学生が読み込みを忘れてきたとしても、その場で読めます。今後の課題は、学生や講師がこのような形式の授業に慣れることです。また、専門職教育の制度上の問題もあります。さらに、大学教員のケースメソッドへの理解が進む必要もあるでしょう。

事例報告(パート2)

森本剛 (京都大学大学院医学研究科医学教育推進センター 講師)

医学生は、大学受験の前から知識伝授型の授業に慣れています。しかし、彼らが医療の現場に出たときに求められるものは、知識を越えて問われる医療従事者としての態度です。それを身に付けさせるために、PBL(Project/Problem based learning)も行なっていますが、ケースメソッドで可能になる討議はよりダイナミックです。医学部の授業は時間や場所の制約が大きいので、普段の大講義室の時間割の中で、ケースメソッド授業を組み立てています。ケースはA4用紙2枚、設問5問程度です。医学生には、知識よりも問題意識を植え付けることが最優先です。医療においてコミュニケーションは最も大事なことです。勇気ある反対意見を遠慮なく発話し、その意見に耳を傾ける習慣は、医療安全上たいへん重要です。それを学生時代に身につける方法として、ケースメソッドには大いに期待しています。

事例報告(パート2)

水野由香里 (西武文理大学サービス経営学部 専任講師)

学部生に向けてケースメソッド授業を取り入れています。私が西武文理大学に赴任して最初に出された課題が「サービスにイノベーションを起こす人材を育成するための教育プログラムの開発」でした。私はかねがね、学部生にも「考えて答えを出す」教育が必要だと思っていました。私たちが企画した教育プログラムは、授業方法にケースメソッドを積極的に取り入れたもので、文部科学省から採択され、現在実行中です。色々な教員を巻き込んで、学部レベルでケースメソッドをやっていかなければならないため、全教員を対象にFD活動を行なっています。ケースメソッドに関する諸用語も少しずつではありますが、教員間の共通言語化しています。学部教育への応用にあたって、講義とケースをセットにする、呼び水的な質問を多用するなどの工夫を行っています。しかしながら、成果をより確かなものにするためには、多様な教育分野での運用実績の共有、情報共有によるナレッジ蓄積が必要です。

パネルディスカッション

パネリスト
ファシリテーター : 竹内伸一(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特別研究講師

まず、「ケーススタディ」と「ケース教材」の違いなど、基本的な事項の解説を行って会場全体の共通理解を図った後、パネルディスカッションに移りました。最初にファシリテーターは、ケースメソッド教育の実践プロセスを「必要と感じる」→「理解する」→「取り組む」→「成果を得る」と構造化し、以下の問いを立てました。それは「一連の実践プロセスの中の、どのあたりに、どのような難しさがあったか」「その難しさを緩和するために、どのような情報やコラボレーション機会があればよいか」というものです。登壇者はこれらの問いの枠組みの中で、また、ときには枠組みを壊しながら意見交換しました。

中盤以降は参加者も交えた討論となり、「ティーチングノートが十分に整備されていない状況をどうするか」「ケースの良し悪しを判断する尺度を作れないか」といった論点について、活発な議論が繰り広げられました。会場からの熱意ある質問にも登壇者は真摯に答え、質問が次々に誘発されました。

最後には「今回のテーマである”実践コラボレーション”として何をすべきか」という問いに対し、登壇者全員がそれぞれの言葉で答えて、シンポジウムは幕を閉じました。ある登壇者の答えは、「ケースメソッドに関わる教員が大学を超えて学びの共同体を作ること、そしてそれを広げていくこと。コラボレーションがケースメソッドの教室と同じように進むようにすること」でした。

シンポジウム総括

今回のシンポジウムの成果

今回のシンポジウムの成果は、ケースメソッドが様々な教育分野に導入され、教育現場での独自のアレンジを経て授業として実現している数々の事例を、参加者と共有したことです。シンポジウム参加者も多くの分野から集まりました。
また、このことは同時に、多種教育領域における実践コラボレーションの必要性と可能性を強く浮かび上がらせました。KBSの高木晴夫教授は「ケースメソッドは手にとる前はなかなかその良さがわからず、手にとっても苦労は多いもの。しかし、その向こうに良いものがある」と表現しました。「こんな知恵があった」「こんな工夫があった」など実践の最前線からの報告を聞き、参加者は自らの領域でケースメソッドを活用するための力を得たのではないでしょうか。
多種教育領域における実践コラボレーションのあり方についての議論はまだ始まったばかりですが、わが国のケースメソッド教育の発展のためには、複数大学で連携していく取り組みが重要であるという確信を、参加者全員が強めたシンポジウムでした。

3年間の事業総括と今後の展開

3年間の特色GP予算を得て、有意義なシンポジウムを3回開催することができました。その企画と実践のプロセスで、私たちはわが国のケースメソッド教育の現状と課題について実に多くのことを学び、ケースメソッド教育の推進者として成長しました。

私たちの最大の収穫は、3年間の特色GP事業を通して、様々な分野でケースメソッドの普及に取り組む方々との強固なネットワークができたことです。事業期間中に開催したシンポジウムには様々な分野から多くの参加者が集まり、シンポジウム参加者の母集団となっている方々に読まれている「KBS実践的授業方法について考えるニューズレター」の購読者数は600人を数えるほどになりました。慶應義塾には、3年間の特色GP事業で形成されつつある全国の教員ネットワークを、今後も生かしていく責務があります。

どんな取組も、最初はごく少数の、あるいはたったひとりの熱心ある人の努力から始まります。そして、そんな人たちを力強く支援するのが、人のネットワークです。ケースメソッドが普及するための課題が明確になりつつある今、慶應義塾は直ちに、こうした人的ネットワークを生かす次の取組の準備を始めなければなりません。わが国のケースメソッド教育の普及と高度化を目指して、特色GP事業は大学連携取組に移行しようとしています。

本シンポジウムは、慶應義塾大学大学院経営管理研究科が取り組む文部科学省特色GP(特色ある大学教育支援プログラム)事業の一環として開催されました。

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