博士論文

 

2002年度学位授与


田嶋 規雄

 

新製品の採用過程における消費者の情報処理行動―消費者の知識転移の観点から―


 本研究では、情報処理アプローチの観点から、新製品の採用・普及研究、特に消費者の採用プロセスを捉え直し、新製品の採用・普及研究における今日の新たな課題を提示したうえで、その課題を解決するための理論的枠組みを提供していくことを目的として分析を行った。
 
 まず、第1章では、1960年から1970年代において盛んに行われた新製品の採用・普及研究がここ最近まで停滞していた理由が述べられる。その理由として、新製品の採用・普及研究への関心が相対的に低下したことと、1980年代において消費者行動研究において展開された情報処理アプローチが、当時の段階で、新製品の採用行動を十分に説明しうる分析枠組みを持ち合わせていなかったことが指摘される。しかしながら、今日の情報処理研究の発展によって、新製品の採用・普及研究に新たな研究課題が提示されたと主張する。すなわち、新製品の採用意思決定に直面した消費者が、新製品に関する内部情報も外部情報も限られている場合に、どのような情報処理を行うのかという理論課題である。そこで、本論文では、新製品に対する消費者の採用行動における採用プロセスを捉えるための理論的枠組みを構築するという研究課題が提示される。

 第2章では、本論文が依拠する新製品の普及研究に関する先行研究がレビューされ、その問題点が提示されている。まず、農村社会学にルーツをもつ新製品の普及研究の今日までの大まかな流れが概観された上で、次に、新製品の採用プロセスに関する研究のレビューに焦点が当てられる。新製品の採用プロセスに関する研究についてのレビューにおいては、新製品の採用プロセスに関する研究への情報処理アプローチの導入と、その後の展開についての考察が行われる。これらのレビューから、これまでの既存研究においては、新製品に関する情報が、消費者によってどのように解釈され、また統合されるのかということを詳細に説明するための分析がなされていないとの問題点が指摘された。

 第3章では、本論文の研究課題に取り組む上で有用であると考えられる「知識転移」という概念が取り上げられ、その問題点が指摘される。まず、「知識転移」の考え方が展開された認知心理学における「知識転移」についてのレビューが行われ、その問題点が指摘される。そこで指摘された問題点は、認知心理学の考え方を消費者行動研究に適用する際の問題点であった。次に、近年、消費者行動研究の領域において導入され始めた「知識転移」の研究を取り上げ、その成果とそこから導き出された今後の新たな研究課題が提示される。すなわち、新製品の採用・普及に関して消費者行動研究において近年展開された研究は、「知識転移」という考え方を取り入れたという点で非常に評価できるものの、本論文の研究課題でもある、消費者による新製品の採用プロセスを詳細に捉えるということに関しては未だ不充分であると指摘される。知識転移という考え方は、消費者が(ターゲットと呼ばれる)新製品の採用意思決定問題に直面したときに、記憶の中に蓄積されている(ベースと呼ばれる)既存の製品カテゴリーに関する知識を援用して、その問題解決にあたるという考え方であるが、既存研究では、ある新製品に援用される既存製品カテゴリーがアプリオリに決められて研究が行われていることから、本論文では、特定の既存製品カテゴリーをアプリオリに決めるのではなく、いくつかの複数の既存製品カテゴリーの中から消費者がどのように知識の転移元となる既存製品カテゴリーを選択するのかという観点が必要であると主張している。

 第4章では、第3章で取り上げられた問題点を踏まえて、3つの仮説が導出される。まず、消費者の購買関与の水準に注目し、購買関与の水準によっては、新製品の採用意思決定に直面したすべての消費者が知識転移によってターゲットの製品判断力を形成するとは限らないということで、仮説1「ターゲットに対する購買関与度の程度が高い消費者ほど、ベースからターゲットへ知識の転移を行う傾向にある」が導出された。

 次に、ベースの候補となる既存製品カテゴリーは複数存在する場合があり、また、どの既存製品カテゴリーをベースとして選択するのかについては、消費者の特性によって異なるものとして考え、まずベースの選択が知識転移を促す効果に関して、仮説2「製品判断力の高い既存製品カテゴリーをベースとして選択することが、知識転移を促す」が導出された。

 さらに、ベースの選択に影響を与える要因として、ターゲットのもつ属性についての判断力の程度が考えられ、仮説3「ターゲットのもつ属性に関する判断力の程度が高いほど、ベースの選択は促進される」が導出された。

 第5章では、仮説の検証が行われる。仮説の検証にあたっては、デジタルカメラを対象製品として、消費者が初めてデジタルカメラを購入する際に、既存の製品カテゴリーに関する知識をどのように用いるのかということに関して、調査表を用いてサーベイ調査が行われた。分析の結果、仮説1に関しては、購買関与の水準が高い場合において、幅広い既存製品カテゴリーからの知識転移が見られ、その限りにおいて仮説1は支持されたものと考えられた。仮説2に関しては、既存製品カテゴリーの種類によって、ベースの選択が知識転移に与える影響は異なる結果を示したが、おおむね支持されたものと解釈された。仮説3に関しては、大半の既存製品カテゴリーについては、ベースの選択に対して、デジタルカメラのもつ属性に関する判断力の程度が有意な正の影響を与えていることが見出された。また、既存製品カテゴリーの種類によって、ベースの選択に影響を与える、デジタルカメラの属性に関する判断力のタイプは異なることも見出された。