博士論文

 

2002年度学位授与


松下 光司


ブランドの象徴的便益が態度形成に与える影響 ― 消費者知識概念に基づく考察 ―



 本研究は,消費者情報処理研究における中核概念である,消費者知識概念に基づき,消費者の購買行動とマーケティングとの関連を理論化しようと試みるものである。
 第1章では、本論文において注目する購買行動とマーケティングとの関連、そして、その現象を分析する枠組みが明確化され、研究課題が導出される。
 まず、最初に、本論文において注目する概念が、「ブランドの象徴的便益」であることが示される。ブランドの象徴的便益とは、「ブランドが付与された製品の使用・所有によって、消費者がどのような自己であるかを認識(再認識)すること、そして/あるいは、他者が消費者に対して持つ印象を形成すること」を指す概念であり、この便益は、消費者がブランドに対して何らかの「ブランド・パーソナリティ」を知覚することから生じるものとされる。本論文では、ブランドに対して象徴的便益を知覚している消費者が、ブランド自体を評価基準の一つとして購買する対象を決定する購買行動を、「ブランドの象徴的便益に基づく購買行動」と呼ぶ。
 また、このような購買行動に関連するマーケティング活動は、「ブランド・イメージ管理」における「イメージ強化」の段階に位置付けられることが示される。具体的には、広告やチャネル活動を通じた情報提供によって、ブランドに対して消費者が持つ象徴的便益の知覚を強化し、製品の購買を促すようなマーケティング活動である。
 本論文における理論構築の対象は、このような購買行動とマーケティングとの関連にあることが明示された上で、この関連が、消費者情報処理研究における概念を用いて、具体的な研究課題として言い換えられる。第1は、ブランドの象徴的便益が態度形成に与える影響の大きさと、マーケティング活動によって提示される情報との関連を理論化することである。第2は、情報提供の結果として形成された態度と、実際に購買行動が生じる程度との関連を理論化することである。これらの2つの研究課題が、ブランドに対して関与水準が高い消費者を研究対象として想定しながら、理論化されることになる。
 第2章,第3章では,予備的考察として,研究課題に対応する理論課題が導出される。そこでは,まず,ブランドの象徴的便益を、「消費者知識」概念によって表すこと、とりわけ、「ブランド・パーソナリティ・スキーマ」という独自モデルによって捉えることが提案される。そして,研究課題を理論化する際の基本枠組みが、マーケティング活動によって提供される情報と、ブランド・パーソナリティ・スキーマを構成する認知的リンケージの強度との関連にあることが示唆される。続いて,本研究理論課題1が,提示情報とブランド・パーソナリティ・スキーマによるトップダウン型処理(記憶に基づいた対象の特性を理解する情報処理)の発現との関係を明らかにすることであると指摘される。また,理論課題2は、ブランド・パーソナリティ・スキーマによるトップダウン型処理が生じた後に、態度形成にどのような影響があるのかを、ブランド・パーソナリティ・スキーマを構成する認知的リンケージの強度の変化という観点から検討することであると指摘される。
 第4章,第5章では、2つの理論課題に対応する理論枠組みが構築され,実験による経験的研究が実施される。理論課題1に対応する仮説1は,消費者が活性化させているブランド・パーソナリティ・スキーマの内容と、「一致度」が高い内容の人物・使用状況の情報が提示されると、ブランド・パーソナリティ・スキーマによるトップダウン型処理が生じるということである。また,理論課題2に対応する仮説は次のとおりである。ブランド・パーソナリティ・スキーマに基づくトップダウン型処理は、ブランドに対して関与の水準が高い消費者によって行われるため、スキーマを単に活性化させる情報処理だけでは終わらず、そのスキーマに依拠して多くの思考が生み出される。そして、その思考は、ブランド・パーソナリティ・スキーマを構成する認知的リンケージを強化するような内容であることも想定されるため、この認知的リンケージの強化によって、ブランドの象徴的便益が製品に対する態度の形成に対して与える影響は大きくなるし、また、形成された態度が購買行動に結びつく程度も大きくなると考えられる。この関係が,仮説2,3である。経験的研究においては,これらの仮説のうち仮説1が支持された。
 最終章では,本研究の貢献が整理される。第1は、スキーマによるトップダウン型処理が生じる規定因である「一致度」が、ブランドの象徴的便益を捉える、ブランド・パーソナリティ・スキーマという概念にまで適応されることを示したことである。第2は、マーケティングの影響を受けながら、消費者の知識が動態的に変化するプロセスを説明したことである。第3は、ブランドの象徴的便益に基づいて形成される態度の特性が、マーケティングの影響を受けながら動態的に変化するプロセスを説明したことである。第4は、消費者情報処理モデルの枠組みによって説明できる、ブランドの象徴的便益に基づく購買行動の領域を拡張したことである。
 本研究は,以上の点で,消費者の購買行動とマーケティングとの関連の理論化に対して,確かな貢献をしたものである。