博士論文

 

2001年度学位授与


土橋 治子


継起的購買行動における動機づけと認知的学習の役割 ―バラエティ・シーキング行動の観点から―


 消費者行動の行動体系において、マーケティングは2つの側面をもって現れる。1つは、消費者行動に影響を与える源泉であり、もう1つは、消費者行動によって変化させられる対象である(cf. 田村1971)。このことは消費者行動とマーケティングが相互に影響を与えながら、その様態を経時的に変化させていく相互依存的な関係にあるものとして捉えるべき必要性を示唆しているが、従来の消費者行動研究やマーケティング研究は、消費者の自立的意思決定を前提として、この関係を一方向的に捉える傾向が顕著であった。そこでの消費者は、マーケティング諸手段を用いて働きかける対象というよりは、むしろ企業が適応すべき対象と認識され、こうした認識に基づいた研究が蓄積されてきたといえる。
 しかし、マーケティング上の課題は、消費者行動の変化に適応するだけではないとして、石原(1982)は、消費者に影響を与えるマーケティング的側面、すなわち生産による欲望の創出を強調した。これは、消費者行動とマーケティングとの相互依存的関係の理論化を試みた先駆的研究として位置づけることができる。これを契機に両者の相互依存的関係という本源的な問題をめぐる議論が発展していったが、この議論が盛んに行われたのはマーケティング研究の領域においてであり、消費者行動研究においてこの種の議論が展開されることは少なかった。
 しかしながら、消費者行動という学問領域は、その誕生の背景からしてマーケティングと密接な関連性をもちうるはずである。また既にふれたように、両者が相互依存的な関係にあるという点を考慮すれば、消費者行動研究においても、そのような立場にたった理論モデルが必要とされているといえるであろう。
 以上のような問題意識のものと、本稿では、低関与状態における継起的購買行動、とりわけバラエティ・シーキングなる行動を手がかりに理論モデルの構築が試みられた。この理論モデルは、「内発的動機づけ」、「外発的動機づけ」という2タイプの「動機づけ」(土橋 2000; 2001)、低関与状況下における2タイプの「情報処理パターン」、購買・使用経験からの「学習」、消費者の情報処理能力を示す「製品判断力」という4要因から構成されており、これらが特定の因果関係を保ちながら経時的に変化することが仮定されている。
 理論モデルを構成している4つの仮説は、先行研究の経験的研究との関連において、その検証が試みられた。方法論的にいえば、既に実施されている経験的研究において、そこで導き出された肯定的結果を累積的なものとして扱うという意味で「論理経験主義」に位置づけられる(cf. 池尾 1991; 中西 1983)。消費者の継起的購買行動をその前提としている関係上、時系列的な購買行動の変化だけでなく、心理プロセスの変化および学習の進展度といった側面をも捉えていかなければならず、その検証には必然的に膨大な時間が必要となってくるというのが、こうした方法を採用した理由である。引用された研究は、諸変数を本稿と全く同じに定義しているわけではない。また各変数間の関連性を直接的に扱っている研究もあれば、間接的にしか扱っていない研究も存在する。こうした制約条件のもとではあるが、これら一連の分析を通じて本稿の理論モデルは高い確率で妥当であるとの結論が導かれている。
 本稿の貢献は、以下の4点に集約される。第1に、消費者行動研究では比較的焦点があててこられなかった非自立的な消費者に注目することによって、消費者行動とマーケティングの相互依存的関係を理論化したことである。第2に、従来、一括りに扱われてきた低関与行動を2つのタイプに分け、それらを明確に特徴づけたことである。第3は、確率論的に扱われてきた低関与行動の継起的側面を行動メカニズムにまで立ち入って説明している点である。第4は、二項対立的に扱われてきた2タイプの動機づけを統合的に扱うことによって、バラエティ・シーキング研究における内在的課題を克服している点である。
 本稿の理論モデルは、関連する先行研究との関わりにおいてその妥当性が検討されたにすぎず、この点については不完全といわざるをえない。この理論モデルが現実世界との対応において、どの程度の説明力を有するのかという点は引続き追究されなければならないであろう。