ソニーのマーケティング戦略
−バイオの事例−


M23 岩見直彦

 


 ソニーのパソコン『バイオ』の躍進は目覚しい。パソコン業界に参入して約5年で業界2 位のシェアを占めるようになった。またバイオは特にB5 サイズのノート型パソコン市場において顕著な強さを発揮している。この論文では、ソニーのB5 サイズのノート型パソコン『バイオ』を取り上げ、後発として参入するときの戦略、そしてその戦略の当時の有効性、さらに現在の有効性を、消費者アンケートをもとに評価することを目的とする。

もともと潜在需要があったパソコンであるが、当時はノート型パソコンが急速にシェアを伸ばし、デスクトップ型に迫ろうとしていた。時間の問題でノート型がデスクトップ型を数量で上回るのは明らかだった。当時の消費者調査から、メモリーが 32MB以上で不満を感じる人の割合は10%未満、HDDが1GB以上で不満を感じる人の割合は約21% であった。また1996年と’97年を比較すると、インターネットの利用者が約2倍に増加しているのが特徴的である。またアンケートの結果では B5サイズのバイオノートの発売約一年後には既に『バイオ』はトップブランドに成長している。この間のソニーの戦略を研究する意義は大きい。

B5サイズのパソコンは、その使われ方から、オール・イン・ワンである必要はなかった。またCPUやHDD、液晶画面などノート型パソコン専用のデバイスが必要なため非常に高価であったが、メーカーの技術革新の結果その価格は劇的に下落し始め、デスクトップ型との差が急速に縮まってきた。この当時のパソコンは『 OA機器』という位置付けであり、『何でもできる』必要があった。差別化要因は CPUのクロック周波数やHDDの容量であり、デザインなどは無視されていた。

 そのような市場環境に対して、ソニーはバイオを投入した。それは『 AVパソコン』という『家電』と定義付けられていた。その特徴は『大きさ(薄さ)』『重量(軽さ)』『スペック』『価格(安さ) 』『付属ソフトウェア』『デザインや色、外観』『ブランド』であった。これらの特徴はターゲットを『ライトユーザー』や『ホビーユース』に絞ったことによって可能となったものであった。またこれらの特徴は相互に影響し合っているだけではなく、市場の変化、パソコンメーカーの技術革新、通信技術の発達、そのほかデジタルカメラなど周辺機器の発達といった環境要因の上に成り立っている。このような複雑に影響しあっている要素を理解して、初めてバイオが市場に受け入れられ、シェアを伸ばしていった理由が明らかになる。

 これら7つの要因は『想起集合に入るのに貢献した要素』『消費者の購買に貢献した要素』に分けられる。『スペック』以外の 6つは『想起集合に入るのに貢献した要素』に当てはまるが、『消費者の購買に貢献した要素』には約一年間優位性を保った『低価格』、『 AVパソコン』としてのアイデンティティを確立した『付属ソフトウェア』、現在でも強い『ブランド』が当てはまる。特に『ブランド』は現在でも圧倒的に優位に働いている要素であった。

 このように見てくるとソニーがパソコン市場に参入したときにとった戦略は集中戦略であったが、その市場の成長により『低価格戦略』『差別化戦略』となっている。また『 AV機器』と定義付けることによって競合他社の追随が不可能となったのに加え、自社ブランドが優位に競争できるようにルールを変えた。競合他社の企業資産の負債化を図ったということがいえる。

このようにしてソニーは『バイオ』ブランドの確立に成功した。しかしその確立の背後にはそれぞれの特徴があり、これらの特徴に表れている巧みなマーケティング戦略がブランドを構築したということが重要である。またバイオの今後の問題点は完全に優位性を失った『価格』と、不満の多い『処理スピード』の取り扱い。さらなるシェアの上昇には早急な改善が必要である。