『地域銀行の個人顧客の獲得戦略』
−資産運用における個人の意思決定をめぐって−
M23 西尾雅之
メインバンクという言葉には独特の響きがある。今日多くの場面で銀行の信頼崩壊が報じられる一方、より大手といわれる銀行に資金が集中する傾向が顕著である。昨今の金融環境の変化は個人に資産運用に対する態度の変更を余儀なくさせ、これまで享受したローリスク・ハイリターンの運用は許容されない方向にある。リスクを勘案した資産運用に不慣れな個人は、自らの方向性を失い、多くの人々の行動に追随することで当座の安心を獲得しているのであろう。このような大手銀行に優位な環境のなかで、よりその存在の意義を問われているのが地域銀行である。地域に根ざしたリージョナルバンクとしてその役割を果たしているとの自負も、このような信用不安が叫ばれる環境下では空虚な妄想にも等しく、顧客離反の危機感を拭いきれない状況である。そうした離反の直接的な理由はペイオフ解禁などによるものであり、個人がまずは自分の資産を安全圏に置きたいという感情に起因しているものであろうが、より根本的には、これまで真に自分たちのポジショニングを確立してこなかったつけによるものである。
本論においては、このような環境のなか、地域銀行がいかにして個人顧客を獲得し、維持していくのかについて考察しており、そのひとつの方法として、インターネットによる投資信託の販売を取り上げている。インターネット環境の充実は、これまで参入のチャンスがなかったごく普通の個人に快適に資産運用の機会を与えるものであるが、それは同時に、リスクに対して不慣れな個人が不用意にリスクにさらされる危険性をも孕んでいるということでもある。このような状況では、多くの個人が、大手の金融機関が取り扱っているという理由で他律的な商品選択を行う傾向にあるが、実は、大手金融機関であるほど系列化が進んでおり、自らの金融グループ内でひとりの顧客を囲い込む傾向にあるため、顧客ひとりひとりの人生設計とは必ずしも適合していない可能性がある。
近年のインターネットの発展は多く変化をもたらしたが、その変化のひとつが個人の自由意思の表出機会の高まりである。これまで沈黙していたあらゆる人々が、自由な自己表現を行い伝達していくことが可能となり、情報がより効率化していくということは、現在の金融機関と個人との間の情報の非対称性も次第に解消される方向にあるということである。こうした流れが高まると、個人がより自律性を高める可能性がある。現状の情報格差による企業の囲い込み戦略に対する意識にも変化が生じ、自分にとってメインバンクとはどうあるべきなのか、またそもそもメインバンクという概念が自分に必要なのかなどという意識や疑念の高まりにもつながる可能性がある。このような変化の可能性を大手金融機関は、どの程度敏感に察知しているのであろうか。その役割の再考が叫ばれ、大いなる危機感をつのらせている地域銀行こそが、いま、この状況下で自分たちにとって何が必要なのか、また自分たちはいったい何ができるのかについて真剣に悩み始めている。
本論はそうした地域銀行に向けて書かれた示唆である。結論を要約すると、単に顧客に自己責任を押し付けるのではなく、銀行自身がリスクをとり、購買代理業者として積極的に顧客に最適の商品を選択し推奨することが重要であるとの指摘である。顧客の投資判断力の向上はインターネットによる商品購買の活性化につながるとともに、顧客自らが主体的に銀行を選択する目を養うことにもつながる。地域銀行の信頼低下が顕在化しているいまこそ、これまでのお題目の顧客主義からいち早く脱却し、真に顧客からの支持を得ることに主眼をおいた戦略への転換を図るべきである。