時計業界のブランドマネジメント
M25 大岡玲子
日本を代表する時計メーカー、セイコーは、精度が機械式時計よりも1桁高いクオーツ時計を開発し、それはクオーツショックとして世界を席巻した。そして、このセイコーの躍進により、宝飾品としての意味合いの強い、重厚なスイスの時計産業は、世界における圧倒的な市場の縮小を余儀なくされ、やがてセイコー率いる日本の優れた技術力と大量生産による「工業品としての時計」が優勢となった。
しかしながら、その後、スイスの時計産業は、スウォッチが牽引する形で、目覚しい復活を遂げ、再び王座に返り咲いた。そして、今や立場は逆転し、日本の時計産業は、スイス勢にかなりの市場を奪われている。スイス時計産業を復活に導いたスウォッチは、派手な色使いや、毎年行われるモデルチェンジなどの仕掛けにより、消費者の購買意欲を駆り立て、大変な人気を集めた。さらに、スウォッチは、グループとして、安価でファッショナブルな「スウォッチ」で得た収入を原資として、「オメガ」、「ブレゲ」といった高級ブランドまでを傘下におさめ、しかも、それぞれブランドの意味を曖昧にすることなく、個々に存在させている。そして、スウォッチ・グループは、年間1億2000万ドルの売上があり、世界の時計市場の4分の1をコントロールしているのである。
一方、消費社会の変遷を見てみると、戦後、「未熟であるが関心は高い」という消費者が、経済成長と豊かな社会の実現の過程で、製品判断力を高めてきたと同時に関心を低下させてきたという消費者の変化がある。またそれに伴い、企業ブランドが担ってきた「信頼の印」としてのブランドの役割が低下してきたという消費者の購買行動におけるブランドの果たす役割の変化がある。
消費者の購買行動におけるブランドの役割は、大きく分けると、@識別 A信頼の印 B意味の3つに要約されるが、かつて製品判断力が低かった消費者は、ブランドに「信頼の印」としての役割を求めた。そして、コーポレートブランドによって、その役割は果たされた。しかしながら、製品判断力を高めた消費者は、「信頼の印」としてのブランドの役割を相対的に低下させてきた。(池尾1999)
以上のように、時計産業の栄枯盛衰と消費者の変化を概観してきたなかで、コーポレートブランド戦略を採ってきたセイコーとマルチブランド戦略を採ってきたスウォッチの明暗は、消費者の購買行動におけるブランドの果たす役割の変化と何か因果関係があるのではないかという考えに至った。 そして、本論文では、消費者行動の側面を明らかにするべく、消費者行動調査を実施し、購買関与・製品判断力を機軸に、分析をおこなった。その結果、多様な「意味」を求めるようになった消費者の変化に的確に対応できたのが、スウォッチであり、一方、セイコーは、そうした消費者のニーズに応えられなくなっているということが明らかにされた。「信頼の印」としてのブランドの役割を相対的に低下させていることに加え、コーポレートブランドのもと、あらゆる消費者を対象としてラインアップされた様々なアンブレラブランドは、消費者のセイコーに対するイメージを拡散させることとなった。これらの事実から、 今後セイコーが採るべきブランド戦略として、コーポレートブランドの位置づけを明確にし、それとは完全に切り離した形での多様な個別ブランド展開の必要性を示唆した。