自動車メーカーのブランド・パーソナリティにおける一考察
−トヨタ高級車ブランド「レクサス」導入の妥当性検証−
M25 矢田恭久
成熟化した自動車市場において、自動車の品質や性能が向上するにつれ、製品の性能面は短期間に模倣され易く、機能・性能面での差別化が難しくなっており、商品知識や判断力を高めた消費者は、「信頼の印」としてのブランドの役割から、ブランドの第三の役割である「意味」における差別化を重要視している。
自動車は、移動の手段という機能的側面を持つと同時に、自己を表現するための手段としての社会的側面も持ち合わせる。自動車の価格が他の耐久消費財に比べ下落幅が小さいのは、自己実現の手段として自動車が社会的に意味を持っているからである。つまり、自動車は所有することによりその人らしさを形成することができる象徴的商品であり、消費者は選択行動において、理想の自己イメージに近い商品を選ぼうとする可能性が高い。
高関与商品である自動車の購買行動において、消費者は自動車のどのような属性を重視しているのか、また所有する車のブランドに対しどのようなイメージを抱いているのか、さらに象徴的商品である自動車を所有することにより消費者はどのような価値(消費価値)を得ているのか、これらの視点において輸入車ユーザーと国産車ユーザーとの間に有意な差異または特異性を見出すことによって、昨今の高級車市場における輸入車シェア拡大の要因分析が可能であると考えられる。
本研究では、高級車市場における輸入車のプレゼンス拡大に伴い、トヨタ自動車が収益の柱とする高級車部門において新たなブランド構築戦略の必要性に迫られていることを背景とし、(1) 消費者の自動車購買において重視する属性、(2) 自動車に対するブランド・イメージ、(3) 自動車の所有による価値形成について先行事例研究と独自アンケート調査の分析から次の結果を得ることができた。
輸入車を購入する消費者は、自動車の「スタイル・デザイン」や自動車ブランドのもつ「ステータス性」を重視して輸入車を購入しており、その所有/使用を通じて「個性やセンスの表現」、「社会的地位・ステータス性」といった社会的価値を形成している。つまり、輸入車を購入する消費者は、自動車に対し自己表現の手段としての象徴的価値(例えばメルセデス・ベンツの場合、洗練さや有能さ)を求めており、自動車の購入に際して、「意味」としてのブランドの役割を重要視していると言える。一方、国産車(以下トヨタ車と称す)を購入する消費者は、自動車の実用的な属性(「室内の広さ」や「多人数使用」)を重視してトヨタ車を購入し、その所有/使用を通じて形成された価値は心理的価値にとどまっており、社会的価値まで至っていない。ブランド・イメージにおいても、輸入車ブランドが「洗練された」や「主張のある」といったブランド・イメージを獲得しているのに対し、トヨタは「誠実な」や「気配りのある」といった「信頼の印」としてのブランド・イメージから逃れられない状況にある。
この分析結果を踏まえ、輸入車シェア拡大の抑制と将来の安定収益源確保を目的としたトヨタ自動車による高級車ブランド「レクサス」の国内市場導入戦略の妥当性について検証してみると、トヨタがあえて信頼の印としての企業名ブランドを外し、高級車種のみを個別ブランド「レクサス」として独立させ、デザインの統一や洗練さ、高級感の表現などにより、意味としてのブランド・イメージの確立をめざす戦略は、ブランドの意味性を重要視する輸入車購入層の獲得を可能にするものと考えられ、実行に値すると結論付ける。