日本型マーケティング・イノベーションのジレンマ

−日韓携帯電話産業の事例分析−

 

M29 張 峯碩

 


 近年、日本の携帯電話市場は、目覚しい成長と進化を遂げてきた。「iモード」や「カメラ付きケータイ」など、世界初のサービスを次々と展開し、世界をリードする先進市場としての座を長年維持してきたのである。また、デジタル家電分野におけるグローバル競争力はいまだ世界を謳歌しており、自動車とともに、グローバル市場における「技術立国・日本」の存在感を一層強いものにしている。しかしながら、グローバル市場における日本の携帯電話機メーカーの存在感は極めて薄い現状である。その一方で、韓国の携帯電話機は、欧米のみならず、中国やロシアなどの新興市場において高級ブランド戦略の奏功により、「富の象徴」として認識されているとの声も聞こえてくる。世界シェアをみても、韓国の携帯電話機メーカーであるサムスンやLGは、3位と5位を記録している。(2006年基準)日本のメーカーとは対照的な好調ぶりといえる。

 マイケル.E.ポーターは、彼の著書『国の競争優位』のなかで、国の競争優位を決定するものには4つの要因が存在するという。それは、技術やインフラのような「要素条件」と、国内市場規模や洗練され、要求水準の高い買い手、需要成長のスピードといったような「需要条件」、国内市場で激しい競争が行われているかどうかなどのような「企業戦略・競合関係」、最後に、関連産業の技術力の有無といった「関連・支援産業」、この四つの条件が国の競争優位を決める決定要因であるとしている。また、これらの要因が相互作用を行うことで国の競争優位が実現されるというのである。
 このことを踏まえ、日本の携帯電話市場を眺めると、世界トップレベルの技術力を有しており、世界第2位の市場規模の多くの要求水準の高い先進ユーザーを抱えている市場であることがわかる。さらに、携帯電話機メーカー数は世界で最も多い10社を抱えており、部材メーカーのグローバル競争力も極めて高いレベルにある。にもかかわらず、日本の携帯電話機メーカーのグローバル競争力は低下している一方である。その反面、韓国の場合は、国内市場の小ささと、当初技術力を保有していなかったにも関わらず、グローバル競争力を確保することができた。
 それでは一体、両国の携帯電話機メーカーの競争力の相違はどこに起因するのだろうか。また、なぜ日本の携帯電話機メーカーはグローバル競争力を失ってしまったのだろうか。

 本稿では、このような問題意識の下、まず、日本の携帯電話機メーカーのグローバル競争力低下の要因を分析してみたいと考える。次に、世界で最も進んでいると言われる日本の携帯電話市場の進化プロセスを概観し、そこで繰り広げられてきたマーケティング・イノベーションというプロセスを考察するとともに、そのような市場の進化とマーケティング・イノベーションがなぜグローバル競争力に結びついていないのかに関するジレンマを明らかにしたいと考える。