1月28日(木)午後7:30から日吉キャンパス協生館5階のエグゼクティブセミナールームに受講者44名を迎え、岡田正大教授の講演が行われました。

はじめに「ROE8%」の根拠とそれが登場した制度的背景について、金融庁が「株主と経営者の建設的対話」促進を目的に制定・施行した日本版のスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コード、更に対話の具体的内容を規定する「伊藤レポート」が説明されました。このような「ゴールとしてのROE8%」は、経済的パフォーマンスの極大化が持続的競争優位の源泉であるとする伝統的戦略理論とぴたりと整合し、「伊藤レポート」はこうした伝統的戦略論の延長上にあるという理解が示されました。一方で、現在では持続性の意味は単なる時間的継続のみならず、地球環境の持続性や新興国の自律的経済発展の持続性など、「持続性」の意味が多義化しています。複数の「持続性」を目指す方法と、ROEの継続的増大にどのように折り合いをつけていくのか。すなわちROE向上の方法論をどのように選択するのか、さらにはROEを包含する新たなゴール指標の開発が重要になると指摘されました。

次に企業活動の社会性と経済性について、マイケル・ポランニ、マックス・ウェバーの主張が概説され、本来一体であった社会と経済が分離して認識されていると説明されました。さらにミルトン・フリードマンの考えは両者がトレードオフの関係にあるとするものの、これに対して「本業を通じて経済的利益と社会ニーズ充足の両立」を目指す「共有価値の創造(”CSV” : Creating Shared Value)」という概念がポーターとクレーマーによって主張されたこと、実は日本ではすでに「戦略的社会性」(金井)という先行概念があり、ひいては石門心学、近江商人の哲学「三方良し」、本田技研の「三つの喜び」などに同様の考え方が既に表明されてきたことが述べられました。その上で、企業活動の社会性と経済性の両立、社会ニーズと企業の活動領域、戦略的CSR、CSV・CSR・慈善活動の関係などの、CSVに関わるコンセプトや枠組みが紹介されました。そしてCSVの概念は新興国のみに該当するのではなく、貧困・環境問題・児童福祉問題などを抱える先進国にも当てはまること、CSVはそれを担う能力を持った企業のみがなしうる裁量的責務であることが説明されました。

次いで、社会経済的収束能力(Socio-economic conversion capacity)の概念が紹介され、具体的には、トヨタのプリウスに見られる製品・サービス・バリューチェーン上の企業活動で社会的・環境的機能を強化する能力を示すInside-out(内から外へ)と、ヤマハ発動機のアフリカ地域事業展開のような企業による社会的・環境的働きかけを強化する能力Outside-in(外から内へ)の考え方が紹介されました。

以上の説明を踏まえ、トヨタによる2050年を展望した「脱エンジン宣言」と同社による長期株主育成を目的とするAA種類株の発行が紹介され、社会性の高い企業活動を具体的なファイナンスの手段で支えるというトヨタの主体的な姿勢が説明されました。また30年にわたってアフリカ地域で「生態系アプローチ」を模索・構築したヤマハ発動機の船外機事業展開が説明され、漁民とヤマハの相互利益を目指しながら地域の漁業振興全体を視野に入れた活動の結果、定価販売で事実上のシェア100%を獲得にするに至った戦略が紹介されました。

まとめとして、伝統的な戦略論に基づいて国際的資本市場では企業価値の持続的成長のために「必須目標ROE8%」が求められる一方、持続性(sustainability)は狭義の経済的継続性(continuity)に留まらなくなっており、企業は超長期の視点(バックキャスティングの手法が有効)から、主観的価値に基づいて自社の企業観・世界観を選択・再定義する機会に直面していることが述べられました。そして岡田教授の最近の研究テーマとして、企業が株主以外のステークホルダーにいかなる価値創造を提供しているか、公表データーを使って測定する統合的価値(HEV : Holistic Enterprise Value)の概念が紹介され、企業のパフォーマンスを測る新たな尺度を設定することで、企業の行動を変えていくことを展望していることが説明されました。

参加者の声

  • コーポレートガバナンスコードやスチュアードシップコードが、一層、企業としての利益追求を求めていく一方で、CSVの考え方や意義、長期的な視点に立った企業としてのスタンスなど考えさせられる内容の多い講義でした。
    (業種:鉄道 / 役職:課長補佐)
  • 岡田先生の考え方には大いに賛同するもので、ROE8%が唯一のゴールであるということはなく、企業観に基づき経営者が何を追求していくのかを考え、選択するものと思う。但し、CSVと高いROE(乃至は高収益)に相関が見られるように、双方を追及していくことが経営には求められているもので、その中で、最低水準としてROE5%とかROE8%などがひとつの目安となっているものと理解している。本日は漠然と理解しているこれらのことが理論の変遷や事例によって、とてもよく整理できたと思います。テーマ設定がタイムリーでとても参考になりました。
    (業種:金融 / 役職:取締役常務執行役員)
  • 社会人大学院生として、CSR・CSVの研究をしています。先生の本日のレクチャーはアウトラインを明確に説明され大変参考になりました。是非、今後もご教示いただければ幸いです。
    (業種:生産 / 役職:常務取締役)
  • 日本の銀行は収益性を追及しながらも、現下のような(超)低金利下では、融資量の確保で金利収入を確保しようとするが、一方で、外国に目を転じると、マイクロファイナンス等、その特性・リスクを見極めることができれば、より収益性の高い、且つ社会性のある事業にも参画することが可能である。本日のレクチャーの中で、そのような可能性を追求する姿勢こそが、今後の自社の選択肢であることを感じさせられた。
    (業種:金融 / 役職:取締役支店長)

開催概要

名称 2015年度KBS特別講座 ―EMBA開講記念企画― 第5回「ROE8%とCSV(共有価値):経営者が築く企業のかたち」(岡田 正大教授)
日時 2016年1月28日(木)19:30~21:30(19:00開場)
会場 慶應義塾大学 日吉キャンパス 協生館5階エグゼクティブセミナールーム
会場アクセス
参加費 無料
定員 50名(抽選)

担当講師

岡田 正大
教授

1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現在教授。

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