『ネット・コミュニティのマーケティング戦略
デジタル消費社会への戦略対応』 2003.8
池尾恭一著 有斐閣


<前書きより>

ネットコミュニティとマーケティング

 わが国経済は1990年代初頭のバブル崩壊以来、長期の低迷に陥り、この経済低迷は多分に消費不況の要素を含んできた。つまり、既に豊かな社会に慣れ親しみ、成熟化した消費者を魅了し、購買へと駆り立てる、魅力的な新製品と有効なマーケティング・プログラムの不足という面も、否定できない。好況期にはマーケティング力の格差は表面化しにくく、多少劣ったマーケティング・プログラムであっても、ある程度の売上を上げていく傾向にあるのに対し、不況期にあっては、消費者は選別の目を厳しくする結果、優れたマーケティング・プログラムしか売上を高めることができない傾向にある。90年代からの消費不況は、わが国における魅力的な新製品と有効なマーケティング・プログラムの不足を、こうして露呈させたとみることができよう。
 そこに登場したインターネットは、新たな流通チャネルとして、消費を活性化する側面を有するとともに、とりわけ新製品の普及を促進する消費者の情報源として、きわめて大きな役割を果たしうる。というのは、新製品は、それが画期的なものであればあるほど、消費者に新しいライフスタイルやワークスタイルをもたらすわけで、その新しいライフスタイルやワークスタイルを消費者に伝達していくさいに、インターネットはきわめて効果的な手段になりうると考えられるからである。
 とくに、本書でわれわれが注目するネット・コミュニティは、企業と顧客の間の、あるいは顧客相互の間の情報の流れにきわめて大きな変化をもたらすだけに、マーケティングのあり方をドラスティックに変える潜在力を有している。ネット・コミュニティは、マーケティングの全局面において、企業と顧客の間に接点を作り出し、また、顧客の購買・消費の全過程の観察を可能にする。逆に、顧客からみれば、ネット・コミュニティにより、購買・消費過程の全局面において、これまでとは比べものにならないような豊富な情報源を確保するとともに、企業との接点ももつことになる。しかし、反面、ネット・コミュニティは様々な顧客の声が集まり広まっていくという意味では、ネガティブな情報の発信源ともなりうるわけで、企業にとってはまさに両刃の剣である。したがって、このネット・コミュニティを取り込んだ形で、いかに適切なマーケティング戦略を構築していくかは、今後の企業の競争力強化にとって、決定的な重要性をもちうるとみなければならない。
 このような認識から、本書は、ネット上で生成されるネット・コミュニティに焦点を当てながら、この新たな環境のなかでどのような消費者の行動が期待され、そのなかでいかなるプロモーションやマーケティングが必要になるか示そうとするものである。具体的には、まず、マーケティングにおけるネット・コミュニティの役割を検討するうえで基本的な枠組みを提示する。次いで、実際に新製品の普及にネット・コミュニティを活用している種々の事例あるいはネット・コミュニティのあり方を解明するうえで有用な様々な事例を検討する。そのうえで、消費者情報源として、いかなる場合にいかなるネット・コミュニティが有効になるか、さらにそうしたネット・コミュニティを活用した効果的マーケティング戦略とはいかなるものなのかを明らかにしていく予定である。

 


<contents>
第1章 マーケティングにおけるネット・コミュニティ
第2章 インターネット環境における消費者行動とプロモーション
第3章 製品関与が高い市場での相互作用@
        パナソニック・レッツノート
第4章 製品関与が高い市場での相互作用A
        日本IBM ThinkPad
第5章 独自企画普及のためのコミュニティ
        シャープ・ザウルス
第6章 マニアのためのマニアによるコミュニティ
        パイオニアDVD/LD Club
第7章 マニア市場の囲い込みとマス市場の取り込み@
        ホンダ・ドリームライダース
第8章 マニア市場の囲い込みとマス市場の取り込みA
        ニコンスクエア
第9章 コミュニティ拡大戦略
        アットコスメ
第10章 社会問題コミュニティの威力
        エコロなココロ
第11章 消費者情報源としてのネット・コミュニティ
第12章 ネット・コミュニティの戦略課題


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