2022年度特別オンライン公開講座"Digital Leadership and Transformation"
- デジタル時代のリーダーシップと変革 開催報告

慶應義塾大学ビジネス・スクール特別公開講座2022は、ハーバード・ビジネス・スクールのスニル・グプタ教授をお招きし、「デジタル時代のリーダーシップと変革」をテーマに、2022年7月16日(土)11時30分から、オンラインにて200名を超える聴講者を得て開催しました。

近年みられるテクノロジーによるイノベーションの加速化を受け、デジタル時代におけるリーダーシップと変革のあり方について、グプタ教授はボストンから豊富な事例を交えて講演されました。(以下、講演抄訳)

この20年余りテクノロジーがイノベーションを加速化させています。
例えば、カメラ内蔵のカプセルを服用しての診察、人工視覚装置(チップ)を目に埋め込むことで視力を回復させるバイオニックアイ、3Dプリンターを用いた幹細胞の構造化による臓器の作成など、テクノロジーは次々と新しい製品を生み出しています。

一方、消費者はこうしたテクノロジーを受け入れる準備ができているのでしょうか。
電話のユーザー数が1億5000万人に達するまでに38年を要したのに対し、iPhoneは5年、WeChat(ウィーチャット)はたった1年で1億5000万人に浸透しています。つまり、消費者は素早くテクノロジーを導入しているといえます。このように、イノベーションは加速化しており、人もそれを受け入れる用意がある中で、こうした環境はビジネスにどのようなインパクトをもたらすのでしょうか?これが本日の主題です。

デジタルジャーニーの3ステップ

企業のデジタル戦略への取り組みは、様々な試みを行っているものの、グランドビジョンを打ち出せずにいるところがほとんどです。一方、成功している企業は、デジタル変革をデジタルジャーニーと捉え、3つのステップ(短期:中核事業強化、中期:収益成長、長期:改革)に分けて着実に取り組んでいます。
第1ステップは、オムニチャネル化や、AIを活用した顧客体験の向上、コスト削減、オペレーション効率の向上など、コアビジネス強化の取り組みです。大半の企業はこのステップを推進し、成果もあげています。
しかし、テクノロジーの真の力が発揮されるのは、第2、第3のステップにあり、従来とは異なる考え方でビジネスを捉え、新しく生み出す取り組みとなりますが、これこそがビジネスを中長期的に成功させる鍵なのです。そのために着目すべきは

  • 新しいルール
  • 新しいインサイト
  • 新しい機会

という3つの視点からのビジネスの再定義です。それぞれについて紹介していきます。

新しいルール

アマゾンを例にとってみましょう。アマゾンはどんなビジネスに携わっていますか?
アマゾンは書籍販売で創業しましたが、同社は1995年にvalue proposition(提供価値)として「利便性」「多種多様のバラエティー」「低コスト」を掲げ、徐々に多種多様なものを販売するオンライン小売となっていきました。その後、同社はイーベイのようなマーケットプレイスの機能を持ち、プラットフォームになっていくわけですが、なぜアマゾンはプラットフォーム化を志向したのでしょうか。
プラットフォーム化すると、資本投資が不要となり、在庫を持たない効果などが期待できますが、何より重要なのはネットワーク効果を享受できることです。プラットフォームに沢山の買い手がいれば、売り手も増えていく。その結果、少数の勝者(大手1社)がビジネスを押さえることになるのです。
アマゾンはその後、AWS(Amazon Web Services)の提供を開始し、アマゾンの競争相手はIBM、マイクロソフトやグーグルになり、次に同社は書籍の紙離れ(eBook化)を見据えてKindleを作るようになり、サムスンやアップルなどハードメーカーが競合になりましたが、さらに着目すべきはアマゾンプライムです。アマゾンプライムは年79ドルの支払いで、当初は配送費無料が唯一のメリットでしたが、アマゾンにしかないユニークなコンテンツを次々に提供することにより、顧客をつなぎとめるビジネスの仕組みを構築していきます。これは、昔から言われているカミソリ本体とカミソリの替え刃という補完的な製品の仕組み、つまり、カミソリ本体を安く売り、その後必要となる替え刃(消耗品)の継続販売で儲けるビジネスモデル「the razor and blades business model」といえます。アマゾンプライムがとったこの戦略は次の理由で非常に重要です。

  • 全世界で2億人のプライムメンバーから年200億ドルの会費収入が入る
  • プライムメンバーは一般客より3~4倍も買い物量が多い
  • プライムメンバーは価格感度が低い

アマゾンが提供する映画コンテンツがゴールデングローブ賞などで受賞すると、アマゾンサイトで靴がたくさん売れる、とアマゾン創業者のジェフ・ベゾスは公言しています。つまり、アマゾンではアマゾンプライムが配信する映画がカミソリ、靴が替え刃になっているのです。この「the razor and blades business model」は従来から存在しますが、アマゾンの仕掛けは、異なる業種を横断して成り立っている点に戦略の新しさがあります。もしアマゾンが銀行に進出しようとしたら、どうなりますか?アマゾンは銀行ビジネスで儲ける必要はないので、アマゾンが他行より極めて低金利のローンを提供したら銀行は困るはずです。

さて、近年、フェイスブックの価値は高まっていますが、製品と顧客をつなぐコネクト、つまりネットワーク効果がデジタル経済に好循環を生みだしています。製品と顧客をコネクトすることは、ハイテク企業に限らず、従来型企業でも適応可能です。例として、全米第2位の食品卸であるUS Foodsの取り組みを考えてみましょう。同社は品質の良い生鮮食品を安価で提供していますが、競合他社もこれに追随するため、価格競争は激化し、同社はマージンの侵食を招いていました。では、価格競争とは異なる優位性をアマゾンから学び、どう適応したらよいでしょうか。着目したのは、顧客である小さい個人経営レストランです。味は素晴らしいが経営が得意ではない、というのが彼らの悩みでした。その課題解決のため、US Foodsは最適食材、在庫管理、メニュー開発など、経営の最適化を導くソフトウエアを開発し、割引料金でこうしたレストランに提供したのです。このプラットフォームがカミソリ役となり、同社は事業規模が拡大し、顧客の囲い込みを実現しました。

このように、優れた製品は必須ですが、それだけで持続可能な成長を果たすには不十分です。よりクリエイティブに創意工夫し「the razor and blades business model」やネットワーク効果を生み出していくことが、デジタル時代の新しい戦略なのです。

新しいインサイト

新しい顧客インサイトを企業はどう生み出していけばよいでしょうか。
「未来のガソリンスタンド」にはどのような要素が必要でしょうか、と経営幹部に尋ねると、支払いのスピードアップ、(コンビニのような)多様な商品の販売拡充、といった改善策が返ってきます。

一方、顧客の視点から考えると、ガソリンスタンドに行くことを面倒と考える顧客がいるなら、ウーバーのように、こちらから出向きガソリンを届けることが一つの案となるでしょう。さらに、映画館、オフィスビルなど多くの車が駐車する場所にガソリンを届けるなら一層効率的で、ガソリンスタンドの固定費削減が可能です。実際米国では既に多くのスタートアップ企業がガソリンのデリバリーを行っています。

次の事例はシンガポールのDBS銀行です。同行は、住宅ローンのアプリ化に際し、AIを活用してアプリ会員のローン審査のスピードアップなどを果たしましたが、経営トップはそれでは不十分で、カスタマージャーニーの視点を忘れていることを指摘しました。顧客が何にわくわくするのかというと「家を買うこと」なので、そのプロセス全体をサポートすることに着目し、家や土地に関するありとあらゆるデータをアプリに取り込みました。このアプリで物件の写真を撮影すると、関連情報がアプリに即座に表示され、更にローンの試算までも素早く提供されます。ローンというプロダクトの視点ではなく、カスタマージャーニーの視点からの展開で、顧客を獲得したのです。

機械メーカーのコマツも好例です。同社はいち早くIoT技術を駆使し、現場で機械がダウンすることがない品質を誇っていましたが、現場に赴いた経営トップが目の当たりにしたのは、機械が稼働していない光景でした。理由を精査すると、現場で同社のショベルカーが掘った土を収集するダンプカーがタイムリーに来ないため、アイドルタイムを生じさせていたことが判明しました。これがきっかけとなり、建設現場でのカスタマージャーニーをマッピングし、機材やプロセス全体の最適化を果たす「スマートコンストラクション」というプラットフォームを生み出しました。これは、コマツの自社視点ではなく、カスタマージャーニーの視点から生まれたもので、スマートコンストラクションはコマツにとって新しいビジネスの収入源であり、新しいビジネスを生み出していくものとなっていきます。

このように、顧客が何を求めているか、カスタマージャーニーの視点で考える、そこにスキルが生まれ、ここから新しい将来への展開が創り出されるのです。

新しい機会

全く新しい展開をどう開拓していくかの事例としてアマゾンは、オンライン小売からマーケットプレイスに変わり、テクノロジープラットフォームとしてAWSを提供していったわけですが、こうしたテクノロジープラットフォーム開拓は、顧客課題の解決が起点になっています。
マーケットプレイスができると、新しい売り手と買い手が生まれる。そして、溢れるばかりのたくさんの商品を見つけるために、サーチアルゴリズムが必要となる。それは、グーグルサーチに匹敵できる素晴らしいものになっていき、それならばアマゾン上での広告も展開しようということになり、同社は広告収入も手に入れるに至ったのです。
アマゾンは初めから広告ビジネスを志向したわけではなく、顧客視点での展開の帰結といえます。一方、アマゾンの重要要素として倉庫がありますが、倉庫の運営の中で生まれてきたのが コンピュータービジョン(カメラで画像をとらえAIを駆使)という新しい能力です。このコンピュータービジョンをビジネス化したのがAmazon Goです。Amazon Goは、アマゾンプライム顧客向けに顔認識で自動決済する無人店舗ですが、顧客の購入時間の圧縮や人件費の削減を可能にします。更に、AWSを活用すれば、他小売にも展開することも見込まれます。このように、新しいビジネス機会は、現行のビジネスに、新しい能力を磨き、駆使することで生み出されるのです。

従来型企業での好例としてマスターカードを紹介しましょう。同社はカード決済におけるデータセキュリティー領域に確固たるスキルを持っています。自社開発した最先端のサイバーセキュリティースキルをサービスとして外販し、多くの銀行が導入しています。一方、起業家や中小企業のオーナーなど、サイバーセキュリティー初心者向けのサービスも提供しています。つまり、顧客がサイバーセキュリティージャーニーのどこにいるか、ステイタスに合わせたサービスを提供しているのです。

このようにカスタマージャーニーの視点から開発したデジタルの能力やサービスは、結果、自社にとどまらず外部にも提供することによって収益を生み出しているのです。

デジタルジャーニーの3ステップ

セッションを振り返り、デジタル戦略を加速化させる4つのポイントを改めてお伝えしましょう。

  1. 競争はもはや業界の枠にとらわれない
    競争は製品によってではなくCapability(真の能力)によって定義される
  2. 持続可能な優位性は、もはや低コストや差別化からは生まれない
  3. 補完的な製品とネットワーク効果により、持続可能で大きな優位性が得られる
  4. 新しい顧客インサイトを得るために逆算し、新しい能力を活用するためにスキルを前進させよう

繰り返しになりますが、顧客インサイトをみて、自社スキルを磨くことが大切なのです。

参加者の声

  • 業界の枠を超えた発想や顧客志向・ネットワーク効果など具体的な事例を数多く紹介しながら分かりやすく講義いただき、学びになりました。
  • 自身の価値観や思考していることを整理するための、良い意味で振り返りができる有意義な機会となりました。また、多くの企業で明確な答えを出せていないが考え続けなければならないデジタル化やDX文脈のテーマについて、アカデミックな見地に立ったトップスクール教授から生の声で考えを聞ける機会は少ないので、勉強になりました。
  • 自社のビジネスで即実践できる知識が習得でき、素晴らしい講演でした。とても感動しました。
  • 昨今のデジタル戦略と組織運営について事例を用いて説明されていたので、非常に分かりやすかったです。また、事例紹介にとどまらす、事例から導き出される一般的な考えも紹介いただき、さらに学びが深まりました。
  • 競争優位の持続可能性に関して、異なる事例を用いて、それらの共通性を解説いただいたことで、理解がし易くなりました。従来の低コスト・差別化戦略における持続性への課題が浮き出ており、不足する視点・視座を示唆された刺激ある内容でした。

開催概要

タイトル "Digital Leadership and Transformation" - デジタル時代のリーダーシップと変革 -
講師 スニル・グプタ教授(ハーバード・ビジネス・スクール)
開催日時 2022年7月16日(土) 11:30~13:30
開催形式 オンライン(Zoom利用)
開参加費 無料
定員 200名(先着順)
言語 英語 ※逐次通訳つき


担当講師

Sunil Gupta /スニル・グプタ

Sunil Gupta /スニル・グプタ
ハーバード・ビジネス・スクール教授

2008年から2013年まで同校マーケティング部門長、2013年から2019年まで同校高等経営講座長を歴任。Indian Institute of Technologyにて機械工学の学士号、Indian Institute of Managementにて経営学修士号、そしてColumbia Universityにて経営学博士号を取得。UCLA、Columbia大学を経て、ハーバード大学ビジネス・スクール教授。現在の研究分野はデジタルテクノロジー、およびその消費者行動・企業戦略への影響に関するもので、その研究成果は2018年に著書Driving Digital Strategyとしてまとめられている。これ以外にも顧客管理、価格戦略、そしてマーケティング投資収益など多岐にわたり研究しており、Journal of Marketing ResearchやMarketing Scienceなどのトップジャーナルに多数の論文が掲載されている。著書の一つ、Managing Customers as Investmentsはマーケティング分野の最優秀書籍として2006年のBerry-AMA賞を受賞しており、同書は『顧客投資マネジメント 顧客価値の可視化によるファイナンスとマーケティングの融合(英治出版、2005年)』として和訳されている。また2015年にApgar賞、2009年、2002年、1993年にO'Dell賞、2005年、1998年にPaul Green賞など、受賞も多数。現在もハーバード大学ビジネス・スクールGeneral Management Programなどで複数の講義を担当しており、アメリカ、欧州、アジアなどの多数企業でセミナーやコンサルティングも精力的に行っている。

過去の開催報告

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慶應義塾大学ビジネス・スクール イベント運営事務局
Email:event@kbs.keio.ac.jp

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