慶應義塾大学ビジネス・スクール特別公開講座2023は、ハーバード大学ビジネススクールのロビン・グリーンウッド教授をお招きし、「株式市場のバブルと金融危機の予測可能性」をテーマに、2023年7月15日(土)13時より約200名の聴講者を得てオンラインで開催されました。株式市場のバブルの特性と、金融危機の予測可能性について、様々な研究データを示しながら、参加者への問いかけとその意見交換も交えて講演されました。
以下、バブルに関して行動ファイナンスの視点からのグリーンウッド教授の講演の一部をご紹介します。
バブルを勉強する人にとって1980年代の日本の株価高騰(バブル)とその後の暴落は注目すべき出来事です。また、現在の日本の株式市場について、新しいバブルの時代に入ったのでは、と考える人もいます。
では、どういうものがバブルの予兆となるのでしょう。
歴史上有名なバブルと暴落に着目してみると、1630年代のチューリップバブルに始まり、1980年代の日本、最近のビットコインなどなどなど様々ありますが、例えば、チューリップバブルでは、チューリップを持つことがステイタスという心理的なものが働きました。真の良いニュース、技術革新、社名変更、IPOの増加、経験の浅い投資家が買いに走るなど、バブル予兆の尺度となり得るものが考えられ、バブルを引き起こす要因(ドライバー)は、単に株価が高値になる出来事だけではないのです。
こうした(バブルが起きる要因の)チェックリストにいち早く注目したのが経済学者のシラー教授です。株価が上がり、社会に広まっていき、ストーリー付けされていく。例えば、タクシーの運転手が、株の話をしたら、その市場から降りたほうが良い、或いは、MBAの学生がジムに行ってまで株価の話をしたら、そろそろバブルの終焉だと考えるべき、といったように、バブルと暴落にはいくつかの予兆があるとシラー教授は捉えました。
一方、それとはまるで逆の考え方をとったのが、経済学者のファーマ教授です。ファーマ教授は、「バブルというものはないんだ」と考え、バブルということばすら嫌いです。なぜなら、ファーマ教授はバブルという表現は「こと」が起こった後に初めて使われ、株価の下落は予測できないのだと論じているからです。
そこで、我々は、アメリカでの過去100年間のデータ、及び、海外各国における過去30年間のデータを検証し、次のような考察結果を得ました。
更に、産業別に、米国及び世界の株価の動向と平均リターンについて調査しました。
1993年3月のソフトウェア産業では、市場平均と比較して、株価は高騰するが、12か月以降に初めて暴落が起こりました。1929年の電気機器業界では、株価上昇の半年後にピークを打ち、その後ドンと下落しています。一方、80年代のヘルスケア業界は、市場平均に比べて非常にパフォーマンスが良いが、その後2年間も同じように高パフォーマンスが続く状況でした。
このように、バブルのタイミングを測ろうとしてもなかなか難しいのですが、先ほどのデータについて、過去2年間株価が高騰した結果、その暴落の分布がどうなっているかをみると、株価の高騰が非常に大きいと、暴落の可能性が高まることが統計解析により明らかとなりました。株価暴落の可能性として、ピークから40%あるいはそれ以上下落することを暴落(クラッシュ)と我々は定義しました。
バブルの特性とは何かについて総括すると、株価が暴落する企業と、そうでない企業では、ボラティリティー、出来高(取引高)、企業年齢、発行増資、時価簿価比率 等があり、また、ファンダメンタルズの尺度として売上高の増加やPER、更に、株価上昇の加速度(アクセレレーション)といった要素が大きく異なります。株式市場で、株の発行が増えている、ボラティリティーがあるといった特徴がみられる時には、注意したほうがよい、という状況になっていると思います。このように、バブルとは、単に株価が高値になる出来事ではなく、いままで使えなかったような新しいデータと過去の分析を利用することで、これまで不可能であったバブルの特性を抽出し、見極めることが可能になってきているのです。
ここまで、株式市場についてみてきましたが、これから視野を広げて、金融危機についての我々の研究を紹介します。
「金融危機は予測できるか?」という問いに対して、「金融危機を予測、または回避することはできない」というのが、主だった政策立案者の見解ですが、我々の見解は異なっています。金融危機は少しでも予見することができると考えています。
我々はRゾーンという極めてシンプルなインジケーターを生み出しました。RゾーンのRはRed light(赤信号)のRです。Rゾーン、つまり金融危機はどのような時に生じるか。それは、信用(Credit)が拡大し、かつ、同時に資産価値(物価)の高騰のいずれもが顕著な時に起こります。家計の借金が増えるとき、そして同時に住宅価格も増える時にはRゾーンに入るわけです。
1947年から2017年までの毎年の42か国の年次データを使って、企業債務の増加、家計債務の増加、株価、住宅価格を調査したところ、データの中でも、日本は特別なデータポイントになっています。1989年の日本は、家計部門でも企業部門も両方がRゾーンになる、という他に類をみない稀な状況になっていた、それは、ダブルの赤信号が灯っていたという状況でした。
このように、Rゾーン(金融危機)は企業でも家計でも、信用拡大と資産価値の上昇の両方が顕著な時に生じるものです。信用拡大と資産価値の上昇の数値をプロットし、Rゾーンに入ったものを見てみると、金融危機の大半が確かにRゾーン内で起こっているということがお分かりいただけると思います。
以上、本日は研究のほんの一部を紹介しましたが、株価のバブル、金融危機は、ただ単に資産価値が上がるだけでではなくて、それ以上の要素が働くということ、そして、金融危機は予測可能である、ということを、本日の結論として申し上げます。
タイトル | "How Predictable are Stock Market Bubbles and Financial Crises?" - 株式市場のバブルと金融危機の予測可能性 - |
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講師 | ロビン・グリーンウッド教授(ハーバード・ビジネス・スクール) |
開催日時 | 2023年7月15日(土) 13:00~15:00 |
開催形式 | オンライン(Zoom利用) |
開参加費 | 無料 |
定員 | 200名(先着順) |
言語 | 英語 ※逐次通訳つき |
Robin Greenwood / ロビン・グリーンウッド教授
ハーバード・ビジネス・スクール教授
ハーバード大学で経済学の博士号を取得、また、MITで経済学と数学の理学士号を取得した。ハーバード大学ビジネス・スクールでは、MBAカリキュラムと博士課程で教鞭をとり、行動ファイナンスと金融安定化プロジェクトのリーダーを務める。さらに、Business Economics PhD programの議長ならびにファイナンス・ユニットのトップも歴任。
研究分野は、行動ファイナンスと金融制度論で、特に株価バブルや予測可能な金融危機といった「マクロレベル」の市場の非効率性に焦点をあてている。また、債務市場における政府・中央銀行の役割に関する研究も共著で行っている。学外では、ニューヨーク連邦準備銀行の金融諮問円卓会議メンバー、全米経済研究所リサーチアソシエイトでもある。
受賞歴としては、Journal of Financeに掲載された優れたコーポレートファイナンスの論文に与えられる2015年Brattle Group Distinguished Paper、資本市場と資産価格の分野でJournal of Financial Economicsに掲載された最優秀論文に与えられるFama-DFA Prize、Institute for Quantitative Research in Financeから与えられるJack Treynor Prizeがある。
慶應義塾大学ビジネス・スクール イベント運営事務局
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