瓜野 松雄 君

Japan Beautyの価値向上に向けたウェルビーイング経営を推進していく


瓜野 松雄
株式会社桃谷順天館 桃谷総合文化研究所担当執行役員・株式会社明色化粧品常務取締役 |
1994年桃谷順天館入社後、主に営業(代理店・通販・百貨店・OEM)、商品開発、資材購買など幅広く従事し、特に商品開発では現在に至るまで数々のヒット商品を世に送り出した。2018年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科Executive MBAプログラム(以下、EMBA)で学び、経営学修士を取得。現在、東京理科大学薬学部客員研究員も務め、同大学薬学部での実践社会薬学講義に参画(6年目)。日本化粧品検定協会コスメコンシェルジュインストラクター取得。



老舗化粧品メーカーで30 年近いビジネス経験を有する瓜野君。在学中より口唇口蓋裂患者の顔の傷を目立たなくするペン型コンシーラーや肌も心も揺らぐ敏感肌、更年期世代のスキンケア製品など「生き辛さを感じる方々」のための製品開発を手がけ、自社のウェルビーイング経営導入に尽力しています。EMBAでの学びの経験と化粧品ビジネスの展望についてお話を伺いました。

「それなしに生きていけない化粧水」への興味

──瓜野さんが化粧品ビジネスに関わったきっかけとご経歴を教えてください。

瓜野 高校2年のときに近所のホームセンターでアルバイトを始めたのですが、同期の仲間の中でなぜか私だけ化粧品売場に配属されました。後にその理由を店長に聞いたところ「あんたはおばちゃん受けするから」って(笑)。その売場で明色化粧品の看板商品である化粧水「アストリンゼン」シリーズを扱っていたのですが、ある日、「奥さま用アストリンゼン」という商品をお求めに来店されたお客さまを接客しました。あいにくその商品は品切れで、間違えてシリーズの他の商品をお取り寄せしたところ「欲しいのはそれやない! 私は奥さま用アストリンゼンがなくては、生きていけんのや!」とドヤされてしまいました。そのとき私は「それなしに生きていけないほどの化粧水ってなんだろう?」と疑問と興味を持ち、「アストリンゼン」シリーズとその商品を生み出した企業について調べ始めました。そしてその興味のままに、大学卒業後、明色化粧品の母体企業である1885年創業の「桃谷順天館」に就職しました。以来、29年間「美しく年を重ねるため」の美と健康のビジネス一筋でやってきました。いわばおばちゃんのお客さまとの「一期一会」が私の人生を決めたのです。入社以来、営業、商品企画、購買、OEM 事業、通信販売事業などさまざまな仕事を手がけてきましたが、現在は、弊社社長の発案で設立した、不易流行をテーマとする「桃谷総合文化研究所」担当執行役員を務めながら、明色化粧品のマーケティング部部長として、自らもアイデアを出して商品の企画開発を行っています。


患者自身が簡単に手術痕を隠すことができ、持ち歩きにも便利なペン型の薬用コンシーラー「ウンドカバークリーム」

──桃谷順天館からは毎年社員の方がEMBAで学ばれています。

瓜野 弊社社長がKBS 出身で、EMBAの人材育成プログラムに強く期待しております。私が入学したのは前述の「桃谷総合文化研究所」担当執行役員となって2年目でした。企業文化価値向上を目的とする研究所では直接的なビジネスからは離れ、鳥の目、虫の目、魚の目で視座を広げることに時間を注いでいましたが、EMBA 入学で新たに経営管理という学問がプラスされることになりました。
  大阪から毎週土曜日に日吉キャンパスまで通うわけですが、私の場合、金曜日に東京出張を入れて、日吉近辺に宿泊し、通学していました。
 初日にはクラスメート全員と名刺交換の目標達成。憧れであった年上のクラスメートにお願いして、毎回その方の隣に座って、他流試合を楽しみ、学びました。私にはそういう人のフトコロに飛び込む「犬」的性格(笑)なところがあり、この性格のおかげで多くの同級生や先生方と親しくなり、現在でも多くの方々と交流があります。そしてKBSの先生方から厳しく鍛えられながらも、今の仕事に生きる数々の「智慧」を授けていただきました。


岡田先生から「俺がついている」と励ましをいただき、EMBAコンソーシアムではホスト役を務めた。海外からの参加者達とはSNSでの交流が続いている

影響を受けた忘れがたいKBSの恩師たち

──どのような先生方の教えが印象に残っていますか?

瓜野 修論担当教諭として熱血指導を受けた井上哲浩教授です。データや数字だけではなく、人の「心」に焦点を当てる井上先生のマーケティング・コミュニケーションに対する考え方には大きな影響を受け、「このような先生に教わりたかった!」と感激していました。ちょうど弊社でもオンラインによるマーケティング・コミュニケーションを模索していた時期で、コロナ禍における巣ごもり需要の開拓などにあたっても、「共感」をキーワードとする井上先生のお話を大いに参考にさせていただきました。
  また生産管理をご専門とする河野宏和教授(現在は名誉教授・特任教授)の講義も忘れられません。生産現場においても単なる効率追求ではなく、人やモノに対する「心」や「慈悲深さ」がものづくりに欠かせない要素であることを教わりました。弊社の生産管理担当の後輩もEMBA 5期生で河野先生の講義を受講しており、私たちが考えた新製品の生産ラインを設けるにあたって、彼とは実にスムーズに連携を取ることができています。これも同じ"河野門下生"、まさに阿吽の呼吸です。
 そして、マーケティングの余田拓郎教授も忘れがたい恩師です。実はEMBA入学前、私はKBSのエグゼクティブセミナーの一つである「週末集中セミナー」で余田先生に出会っています。そのときの印象が強烈でした。講義中に発言すると、たたみ込むように「それはなぜ?」と問い返されます。さらに答えるとまたもや「なぜ?」と問い返されるのです。一体、何回「なぜ?なぜ?」と問い返されたでしょうか......最後に耐えきれなくなった私は「先生、これ以上『なぜ?』と問われたら、私、死んでしまいそうです」と音を上げ、先生は大笑い(笑)。そんな私のことを覚えていてくださり、数年後EMBAに入学した私との再会をとても喜んでくださり、修論でもたくさんの知恵を授けてくださいました。

──会社のお仕事との両立にはご苦労されませんでしたか?

瓜野 在学中は毎日ワクワクしていました。同級生の皆さんは私よりずっと優秀な方ばかりでしたから、とにかく人一倍努力すること、そして講義では必ず手を挙げて答えるようにし、一日も休まない、這ってでも通うと自分に誓いました。どれだけ忙し くても、EMBA の時間は、自分の可能性を広げてくれるかけがえのない時間。金曜日が来るのが楽しみ、行き帰りの飛行機通学も楽しみ。海外も国内も旅が楽しみ。結局、私自身は「楽しんで」学生をやっていたのです。土曜日にEMBAの講義を受け、翌日曜日は横浜の百貨店で開催される弊社のポップアップイベントで仕事をしたこともあります。そこにEMBA の同級生たちも足を運んでくれて、私が同級生のご家族のメイクをさせていただきました。そのお話を聞かれた同級生の日本矯正歯科研究所附属デンタルクリニックの山本友紀院長から、「瓜野さん、口唇口蓋裂のお顔に傷がある子どもたちにメイクしてくれない?」と頼まれたときは、なぜこのように物事が繋がっていくのか、偶然の重なりに驚きました。

同級生の依頼から「ウンドカバークリーム」を共同研究開発

──その依頼をきっかけに山本院長のクリニックでの口唇口蓋裂患者へのウンドケアメイクセミナーが開催されることになったわけですね。

瓜野 はい、そうなのです。先天性異常の一つである口唇口蓋裂は顔に生じる疾患で、日本では約500 人に1人の頻度で生まれてくるそうです。鼻から唇にかけての傷や変形は成長期の子どもにとっては深刻な悩みとなることは言うまでもありません。成長過程にある子どもの治療は一度で済まず、成人するまでの期間に、数回の手術が必要となります。その間、手術痕を気にする子どもたちも少なくありません。ぜひこのオファーに協力したいと思い、弊社の社長に打診したところ「お困りの方のお役に立てるなら、ぜひやってください」と快諾を得ました。


国内フィールド会津若松研修にて。日本矯正歯科研究所の山本友紀院長(中)とCBSフィナンシャルサービス代表の山田美穂さん(左)と赤べこと一緒に。シャツはE4オリジナル制作

──そこから、本格的に日本矯正歯科研究所と桃谷順天館との共同研究が締結されたわけですね。

瓜野 セミナーには、弊社の社長より、部下の竹中も参画する許可をいただき、弊社側からは2人で臨みました。結果は大成功で、子どもたちからも親御様からも好評で、とても喜んでいただけました。ずっとマスクを手放せなかった子どもが「メイクを落とさないでこのまま帰るね」と、マスクをゴミ箱に捨てて笑顔で会場を後にした姿がとても印象的でした。心から「やって良かった!」と思った瞬間でした。
 そこから私と山本院長とのウンドカバークリーム開発の一歩が始まりました。山本院長と、時には山本院長の口唇口蓋裂チームのメンバーにも参加してもらい打ち合わせを重ねました。小児や男性でも手軽に傷が隠せることやポケットに入れて周囲に気づかれず持ち運びができたら良いこと、メイクという言葉を使わないこと、傷の性状は4種類に分類できるため、それに応じて選択可能なことなど、医療現場でしか知りえない現在のウンドカバークリ ームの根幹となるコンセプトをまず決定し、開発を進めました。

──こうして、手術痕を手軽に隠せる専用の製品を、日本矯正歯科研究所と桃谷順天館の共同研究成果として上市されました。

瓜野 はじめにウンドカバークリームの試供品が完成しました。この試供品は、日本矯正歯科研究所附属デンタルクリニックと山本院長が非常勤講師を務める昭和大学医学部形成外科で治験を行い、概ね良好な結果を確信できたので正式に製品化することにしました。製品化直前に行ったセミナーでの聞き取り調査で、小学校教諭でもある保護者の方からの「メイクは小学校の校則で禁止されているところが多く、いじめの原因にもなる」とのご意見をきっかけに、製品を「医薬部外品」とし、デザインもメイク化粧品を連想させないように工夫しました。
  部下の竹中をはじめ、桃谷順天館の中央研究所が一丸となって頑張ってくれたことはもちろんですが、日本矯正歯科研究所との共同研究であるからこそ成し遂げられたお役立ち製品です。
 その製品は、桃谷順天館のウェルネスケアラボという、お困りの方々へ向けたウェルネスケア製品を扱う自社通販モールで発売を開始しました。
 その後に伊藤公平塾長からお褒めのお手紙を届けていただき、大変ありがたいことと、宝物として掲示しています。

「Japan Beauty」の社会的価値向上のために

──EMBAでの個人研究のテーマは幸せになるためのスキンケアだったそうですね。

瓜野 KBSのカリキュラムの中で、システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の前野隆司教授が提唱する人が幸せになるための「幸福経営」「ウェルビーイング」の考え方に出会ったことも私にとって大きな衝撃でした。そこでEMBAでの2年間の集大成として取り組んだのが「ウェルビーイング&ホリスティックスキンケア」という研究テーマです。
 先の見えない複雑で曖昧な世相の中でストレスによる敏感肌が増加しています。私は日々状態が安定しない敏感肌に「ゆらぎ肌」というカテゴリ名を与え、スキンケアによって幸せになることを目的に研究を進めました。「ウェルビーイング」に加え、身体だけではなく心や魂までケアする「ホリスティックケア」の概念もプラスして、明日を楽しみにできるようなスキンケアを創ることはできないか......。開発にあたってはEMBAの海外フィールド先であったアフリカ・ザンジバルで出会ったクローブ、モリンガ、バオバブ、ユーカリ、レモングラスなどの原料を使い、揺らぐ肌だけではなく「心」もケアする製品を志向しました。


海外フィールドⅡ アフリカでの原料や香料の調査。ハーブの香りを覚えて帰国。その香りを、EMBA8期の調香師の手で再現、製品化した

──研究テーマの「ウェルビーイング&ホリスティックスキンケア」の提唱は、実際に商品開発までされていますね。

瓜野 弊社社長より「お困りの方々へのお役立ちだから、この『ゆらぎ敏感肌化粧品』を商品化してみてはどうか」とのありがたいお言葉をいただきました。そこで弊社の研究生産本部のトップ(EMBA1期生)が製品開発の一気通貫チームを組んでくださり、世の中に送り出すことができました。そのおかげで、修士論文発表の場で先生や同級生に、できあがった「ゆらぎ敏感肌化粧品」をお披露目することができました。それは私一人の成果ではなく、研究論文の指導をしてくださった井上先生や河野先生をはじめとするKBSの先生方と弊社スタッフの尽力の賜物です。
 この研究から生まれた明色化粧品「リペア&バランス」や企業のウェルビーイングへの取り組みが、2023年3月に朝日新聞社主催の「WELLBEING AWARDS 2023」において「モノ・サービス部門」ファイナリストに選出。その審査委員の一人でもあるSDM 前野教授とは共同研究も進め、今やウェルビーイング経営は弊社のパーパスに組み込まれています。

──今後、取り組みたいことについて教えていただけますか。

瓜野 EMBA入学前から私の夢は、一貫して日本の化粧品= Japan Beautyの価値向上です。日本の化粧品のクオリティは世界トップレベルです。もっと日本の化粧品産業を元気にしたい。そのためにはメーカーである弊社の企業価値向上を図っていく必要がありますし、化粧品産業を、韓国のK-Beauty のように、ナショナルプロジェクトとして盛り上げていく必要性を感じています。そのために自分に何ができるか?2年間のEMBAでの学びを通して私はその答えを探していました。おかげでやるべきことが明確に見えてきたと思います。「お困りの方々の助かりを願った化粧品」や「ウェルビーイング経営」もその成果ですし、50代となった今、次世代に不易流行、企業文化や自分の経験を伝えていくことも重要なミッションだと思うようになりました。弊社若手の商品企画開発力の向上のほかに、東京理科大学薬学部での講義に参画して6年が経過しました。若手社員や学生に、化粧品の正しい知識を身に付けていただけるよう、日本化粧品検定協会コスメコンシェルジュインストラクターの資格も取得しました。

──これからEMBAを目指す方へのメッセージをお願いします。

瓜野 KBSの先生方や山本院長をはじめ同じ時間を共有した仲間との「ご縁」が新しいチャレンジの機会を与えてくれました。修了してからもEMBAで学んだことを活かして仕事をしています。私にとってEMBAの2年間はかけがえのない宝物であり、厳しくも喜びと楽しさに満ちた大切な思い出です。そしてむしろ今の方がEMBA で学んだ価値を実感しており、あらゆるビジネスパーソンに「EMBAで2年間頑張ってみては?」とお勧めしたいです。そして「楽しくなくっちゃ、始まらない!」。在学中は懸命に学ぶことはもちろん、存分にEMBAという環境を楽しんでほしい。そうすれば修了後、きっと何周りも成長した自分を発見できるはずですから。


海外フィールドⅠモンゴル研修にて。草原での乗馬とゲルにも宿泊

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