2024年12月12日

学生有志による「TBSテレビのDX勉強会」開催報告

 「"オールドメディア"と揶揄され、存在を否定されることもある。しかし、TBSは人々に良質な情報やコンテンツを届けていると自負している」。TBSテレビメディアテクノロジー局イノベーション推進部長の宮崎慶太氏はこう力を込める。

 激変するメディア業界。TBSが全社を挙げて取り組むDX戦略の全貌とは――。

 2024年11月24日、東京都港区赤坂にて、「TBSテレビのDX勉強会」が開催され、本勉強会を企画したEMBA10期(現修士1年)の学生を中心に、合計約30名が参加した。

 TBSホールディングスは、2026年度の売上高構成比を、地上波テレビや無料配信などの放送収入が48%、不動産やコンテンツビジネスなどの放送外収入が52%と、23年度の同構成比(放送収入52%、放送外収入48%)から逆転する計画を立てている。

 こうしたビジョンを掲げる中、23年6月に教育事業を展開するやる気スイッチグループホールディングスの買収や、24年10月にグローバルメディア・Bloombergと共同で、ビジネス・金融ニュースをネット配信する「TBS CROSS DIG with Bloomberg」を立ち上げている。

 "攻めるTBS"が、DXでは何をしているのか、KBS生で丸一日かけて、学びを深めた。

 本勉強会では、DXをキーワードに、技術部門のDXとマネタイズ、ドラマ制作現場で推進されるDX、ニュースのデジタル展開、TBSのLTV(顧客生涯価値)ビジネス、デジタル時代の戦地取材の、5つのセッションが行われた。

メディアテクノロジー局イノベーション推進部長の宮崎慶太氏
メディアテクノロジー局テックビジネス推進室長の中野啓氏。カメラマンなど技術畑出身で、TBSで培われた技術をマネタイズするミッションに取り組み、"次世代への種まき"を行っている。

 「結局、待っていても誰もやらない」「総論賛成、各論反対ばかり」「DXをやろうとも、必ず邪魔が入る」――。

 技術部門のDXとマネタイズで講師を務めたメディアテクノロジー局長の京屋知行氏は、自身が携わったTBS全社のDX化推進をこう振り返る。

 苦悩の日々を過ごすも、徐々にDX化は実を結ぶ。例えば、番組に出演するアナウンサー発注がその一例だ。アナウンサーへの業務依頼は、プロデューサーやディレクターとアナウンサーの個人的な人間関係で依頼することが多く、決まったシステムなどはなかった。弊害として、業務依頼が可視化されていないため、知らぬ間に一部アナウンサーに負荷が集中することもしばしばあったという。そこで、GoogleのAppSheetでアナウンサー発注システムを作り上げ、可視化することに成功した。

 こうした、小さな成功体験をTBSは積み重ねている。では、DX化の要諦は何か。

 「ポイントとなる部署・キーパーソン・支援者を抑えるだけでなく、DX化で描く未来を曲げずに、妥協しないことがポイントだった」と京屋氏は明かす。社内調整を行った結果、妥協が続き、中途半端な成果となるのは、"DXあるある"だろう。苦悩の日々と成功体験から導き出された京屋氏の言葉は重く、参加者の胸に響いた。

 E10期の長江大輔氏は、「泥臭くDXを進める"泥トランスフォーメーション"、非常に共感する表現だった。当社も昨年からDX専門部署を設置し、スタートを切ったが、現場との関係で壁にぶち当たっている。今回の学びを是非参考にしていきたい」と振り返る。

  勉強会後のアンケートでも、DX化を進める中で"泥臭さ"の重要性に共感した参加者は多かった。多くのビジネスパーソンが「DX=綺麗な仕事」という無意識の感覚を抱いていることの裏返しかもしれない。

メディアテクノロジー局長の京屋氏。TBSのDX化で旗を振る。
ドラマ制作部所属の豊田海氏。社内留学制度で、DXの部署とドラマ制作部の両部署を経験し、2つの視点を持つ。ドラマ制作現場でDXが徐々に進む日々を肌で感じている

 DX 化は、社内インフラに留まらない。とりわけ報道分野での成功事例が、TBSのネットメディア「TBS NEWS DIG Powered by JNN」の躍進だ。NEWS DIGは、22年4月に誕生し、わずか1年5ヶ月で月間2.5億ページビューを突破。当時、メディア業界関係者の間でもその躍進が話題となった。

 NEWS DIGは、TBSをキー局としたJNN系列28局が合同で運営をしている。全国に張り巡らされた取材網から、さまざまなニュースが提供される一方、28局が合同で運営するというビジネス面での難しさがある。それでも、難しさを乗り越え、急拡大することが出来た。

 河村健介NEWS DIG企画開発部長は、「システム面のボトルネックを解消したことが大きい。コンテンツ管理システムを統一したことに加えて、ページビューなどのデータを全局がお互いに閲覧できるようにしたことで、刺激を受けたことは大きいのではないか」と分析する。良いコンテンツを作るだけでなく、「良いコンテンツの届け方」が重要だと痛感した。

NEWS DIG企画開発部長の河村健介氏
アニメ映画イベント事業局コンテンツビジネス室の安田容子室長。「TBSの中には、金儲けという言葉が嫌いな人もいる。でも、金儲けをしなければ、良い番組やコンテンツは作れない」と語る。国内外問わず、TBSのLTVビジネスを手掛ける。

 DX化に邁進するTBSで、報道の最前線ではどんな変化が起きているのか。

 ボーン・上田記念国際記者賞受賞など日本を代表するジャーナリストの一人で、news23専属ジャーナリストの須賀川拓氏は、意外にも「アナログを極めることが重要だ」と語った。アフガニスタンやイスラエルなど中東の戦地取材経験が豊富な須賀川氏。彼が意識しているのが、"匂いや雰囲気"だという。「AIが普及している今日だからこそ、生成できない生の情報や、検索で見つからない深い情報により価値がある」と力を込める。DX化はあくまでも手段であり、"目的ではない"ということを、勉強会の終盤に改めて気が付かされた。

 人口減少や、オールドメディアへの不信が高まる今、メディア業界を取り巻く環境は激変している。筆者自身、「週刊ダイヤモンド」「ダイヤモンド・オンライン」の記者を休職し進学しているが、ダイヤモンド社自身も「紙からオンライン」へのビジネスモデル転換に挑んでいる。同業の業界関係者と酒を酌み交わし、お互いのDX事情を探り合うといった日々だ。

 良いコンテンツ製作や良いビジネスを行うために、"どうDXを活用するか"。その答えの一つが、赤坂のテレビ局にあった――。

M46(現修士2年) 山本興陽

news23専属ジャーナリストの須賀川拓氏
本勉強会は、「30年後の未来を考える」がテーマのEMBA科目・ビジョナリーの課外活動の一環としても実施。TBS社員の方々とKBS生で30年後の未来について熱い議論も行われた。

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