2025年10月28日

【EMBA】経営者の夢が、伝統を未来の価値に変える ― 晃祐堂の挑戦に学ぶ「使命感」の経営

 2025年9月26日、「経営者討論A」(第4回)が開催され、株式会社晃祐堂 取締役社長の土屋武美様にご登壇いただきました。講義では、伝統的工芸品である「熊野筆」の製造販売を行う同社の、職人技能の伝承と革新を両立させる経営戦略について、具体的な事例を交えながらその哲学を熱く語っていただき、教室全体が議論で大いに盛り上がりました。

価値の源泉は「機能」から「物語」へ

講義は、「商品はいいモノなのに、全然売れなかった」、そんな土屋社長の印象的な告白から始まりました。この壁を突破したのが、「いいモノ」に「何か」を付加価値としてプラスするという発想でした。同社は、ハート型やクマの顔を模した化粧筆など、「カワいい」という付加価値を戦略的に与えることで、これまで熊野筆に馴染みのなかった顧客層との接点を創出。これらの商品を、熊野筆というブランドを知ってもらうための「広告塔」と位置づけ、市場を切り拓いてきました。その姿勢は「競争の本質は、競合他社を打ち負かすことではなく、価値を創造することにある」という哲学で一貫しています。お好み焼きソースの老舗オタフクソースと共同開発した専用ハケや、小学校で使われた朝顔の鉢をアップサイクルした商品開発など、ユニークな価値創造の事例が次々と紹介されました。


テクノロジーとの共存と、変革を導く「熱量」

同社のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みも、その哲学を色濃く反映しています。AIは、人間の仕事を奪うためではなく、伝統の技を未来へ繋ぐために導入されています。職人の五感に頼っていた検品作業などをAIによる画像認識に代替することによって、職人を単純作業から解放し、より創造的で人間らしい仕事への集中を促し、モチベーションを高めることがその目的です。
また、AIが示す論理的な「正解」だけでは、人の心は動きません。「周りをとにかく巻き込み」、そして「プロジェクトが成功した際のVisionを示す」という、土屋社長の確固たる信念と、「これは絶対に面白くなる」という燃えるような「熱量」こそが、組織の停滞感を打破し、人を巻き込む唯一無二の原動力となることが伝わってきました。


講義が与えた新たな視座

本講義は、多くのビジネスパーソンが抱えるであろう葛藤にも光を当てるものでした。例えば、営業現場で重視される「人の心を動かす力」と、本社で追求される「データに基づく戦略の正しさ」。土屋社長の話は、これらが二項対立するものではなく、後者が前者を輝かせるために存在する、という新たな視座を私たちに与えてくれました。土屋社長の挑戦は、伝統とは単なる「継承」ではなく、「未来に繋ぐための革新」と一体であることを示しています。AIが「What(何を)」と「How(どうやるか)」の最適解を示す時代だからこそ、ビジネスパーソンの本質的な役割は「Why(なぜ我々がそれをするのか)」という企業の存在意義、すなわち「物語」と「熱量」を問い、語り続けることにある。私たちにとって、その重要性を再認識する貴重な機会となりました。


講義室が工房に― 筆作り体験

講義では、実際に化粧筆を作るワークショップも実施されました。希望者が殺到し、急遽行われた選考の末に選ばれた数名が筆作りに挑戦。熊野筆の命である毛の、想像を超える柔らかさと繊細な感触をその手で直接感じ取りました。作業工程はシンプルながら、毛先を完璧な形に整えることは非常に繊細な作業で困難を極めます。一つの製品が完成する裏側にある職人の卓越した技術、その「すごみ」を文字通り体感する時間となりました。
伝統は守るものではあるが、縛られるものではない――活発な討論の最後に土屋社長が語ったこの言葉は、私たち一人ひとりの胸に深く刻まれました。伝統と革新の狭間で格闘する経営者の生の声を聞いた後だったからこそ、その言葉は一層重く、そして熱く響きます。それは、未来の経営者となる我々に対し、過去を尊重しつつ未来をどう描くのか、その覚悟を問う、魂からの問いかけのようでした。

講義の熱気は、教室の中だけでは収まらず、授業後の有志による懇親会では、商品や伝統工芸への熱い思い、そしてご家族への感謝を語る土屋社長を囲み、終始和やかな雰囲気と笑いが絶えませんでした。特に印象的だったのは、偶然にも同じお店で結婚祝いをされていた別のお客様に社長が気づき、その場で自社の筆をプレゼントされた一幕です。  筆に初めて触れた方々からは、その驚くほどの柔らかさや、普段使っている筆との違いに思わず感嘆の声が上がりました。社長の人柄と、その場にいる人々を瞬時に巻き込み輪を広げていく力は、まさに講義で語られた「熱量」そのもの。言葉だけではない説得力を、参加したメンバー全員が肌で感じる時間となりました。それは、講義で語られた「人を巻き込む力」が、具体的な行動として目の前で体現された瞬間であり、講義での学びがゆるぎない確信に変わる貴重なひと時でした。

さらに後日、実際に熊野の地を訪れる現地フィールドワークも企画しています。講義から生まれた学びと繋がりが、教室を飛び出してどう発展していくのか。今後の展開にも大いに期待が高まります。


E11 広報委員 長野 夢近

ナビゲーションの始まり