2026年02月09日

【EMBA】ブラインドサッカー元日本代表の加藤健人氏と、奈良工業高等専門学校准教授の竹原氏に学ぶ ― 障がい者雇用を"義務"から"戦略"へ、インクルーシブな組織変革の未来

2025年12月19日、「経営者討論A」(第7回)が開催され、ブラインドサッカー元日本代表であり、一般社団法人埼玉T.Wingsの理事長を務める加藤健人氏(以下加藤氏)と、奈良工業高等専門学校の准教授である竹原信也氏(以下竹原氏)をお迎えし、講演・実習・討論が行われました。
日本の総人口の7.4%を占める障がい者を「法的義務の対象」ではなく、「企業の革新と成長を牽引する未開拓の人材」と捉え直したとき、経営者は何をすべきか。本講演では、この問いに対する力強い示唆が示されました。両氏の対話は、障がい者雇用を"義務"から"戦略"へと転換する重要性を浮き彫りにし、当事者の視点が交差することで、インクルージョンがもたらす組織の未来像が鮮明に描き出されました。

1. なぜ今、障がい者雇用が経営課題なのか

経営リーダーがコンプライアンス遵守という枠を超え、障がい者雇用が社会と自社のパフォーマンスに与えるインパクトを認識するためには、まず日本の現状を正確に理解することが課題解決の第一歩となります。
竹原氏は、日本の現状を以下のように説明されました。

  • 2018年の障がい者総数は937万人である(日本の総人口の約7.4%に相当)。
  • 障がい者数は全体として増加傾向にある(高齢化に伴う障害の増加と、知的障害の早期診断の進展)。
  • 企業には法定雇用率以上の障がい者を雇用する義務がある(2026年中に2.7%へ引き上げられる)。

これらの数字は、障がい者雇用が企業にとって避けて通れない経営課題であることを示しています。しかし、竹原氏は同時に、「(こうした数字や法律の順守といった)義務から戦略へ」と考え方を変えるべきだと指摘されました。障がいの有無も含め、多様な人材が活躍できる環境を整えることは、組織のコミュニケーションを活性化させ、これまでにない新たな発想やサービスを生み出す原動力となる、という指摘が深く心に残りました。
竹原氏が語られた障がい者雇用の意義と、インクルージョンの重要性のお話を受け、視覚障がい者である加藤氏のご自身の実体験のお話へとバトンが渡されました。

2. 加藤理事長が語る挑戦の軌跡

高校3年生のときにレーベル病という遺伝性疾患を発症し、視力を失った加藤氏は、「これから先、自分は何もできないのではないか」という絶望から、一時は引きこもる日々を過ごし、しかし、ブラインドサッカーとの出会いが大きな転機となり、再び社会とのつながりを取り戻すことができたと振り返られました。競技を続けながら筑波技術短期大学(現筑波技術大学)に進学し、鍼灸学を学び、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家資格を取得。その後は企業内マッサージ師として勤務されました。さらに、東京オリンピック・パラリンピックの開催決定を機に、広報部へ異動し、ブラインドサッカーを通してパラスポーツの普及活動に貢献されています。視覚障がいを抱えながらも、ご自身で環境を選び、学び、働き、社会とつながり続けてこられた加藤氏の歩みから、「キャリアとは自ら切り開くもの」という示唆をいただきました。

講演の中で加藤氏は、自身が大切にしている言葉として「始めなければ始まらない」を紹介されました。「できるかどうかを考える前に、一歩踏み出してみることが大切だ」と、まず行動する姿勢の重要性を強調されました。視覚障がいを負った当初は「自分には何もできない」と思い込んでいたものの、挑戦を重ねることでできることが増え、工夫や周囲の協力によって道が開けていったと振り返られました。
「障がい者は何もできないと思っていたのは、自分自身でした、挑戦してみればできることはたくさんある」。これらのメッセージより、障がいの有無にかかわらず「行動することの大切さ」を改めて認識させられました。
講演の後、加藤氏ご自身のマインドセットを参加者が直接体験するのワークショップが行われました。

3.「普通」とは何か?コミュニケーションに必要なものは何か?

加藤氏の主導で行われたインタラクティブなワークショップは、参加者がインクルージョンの本質を「体感」するための貴重な体験となりました。
ワークショップの冒頭、加藤氏は「"普通の人"とはどんな人ですか?」と参加者に問いかけられました。参加者からは「中央値のような人」、「自分が心地よいと感じる人」などの意見が挙がり、議論を通じて"普通"という概念がいかに主観的で曖昧なものであるかが明らかになりました。
「誰もが異なる経験、能力、価値観を持っている以上、"普通の人"という存在は実際にはいない」という視点の転換が促され、「"視覚障がい者"というラベルではなく、一人の人間として、"加藤健人"として接してほしい」という真のインクルージョンが訴えられました。このメッセージは、無意識の偏見に気づき、目の前の個人と向き合うことの大切さを強く示すものでした。

続いて行われたアクティビティでは、まず、参加者が二人一組となり、一人がアイマスクを着用し、もう一人が言葉だけで特定の身体の動きを伝え、その動作を再現してもらう体験が行われました。また、アイマスクをして体験したブラインドサッカーでは、二人一組でパスを行い、足元のボールが見えない不安の中、相手の声だけが頼りになる瞬間を全員で共有しました。「声のかけ方一つで、こんなにも安心感が違うのか」という驚きや、うまくいった時には歓声があがり、会場は一体感に包まれました。知識としてではなく身体感覚として「明確なコミュニケーション」の重要性を理解できたように思います。

これらのアクティビティにより、効果的なコミュニケーションに不可欠な4つの原則が浮かび上がりました。

  • 結論から話す:まず全体像を伝え、相手に心の準備と文脈を与える。
  • 具体的な言葉を使う:曖昧な指示語を避け、誰にでも理解できる表現を選ぶ。
  • 相手の知識を引き出す:共通の経験に例えることで理解を促進する。
  • 意見を言いやすい雰囲気をつくる:双方向のコミュニケーションを可能にする安全な場を整える。

これらの原則は、単なる対人スキルにとどまらず、相手の立場を深く理解しユーザー中心で物事を考える姿勢が、革新的な製品開発につながる=インクルーシブデザインの原動力となることを示します。

4. 当事者視点がイノベーションを生む ―インクルーシブデザインの実践例

ワークショップで示された「他者の視点を理解し、明確に伝える」という原則は、製品開発にも応用できるインクルーシブデザインの基盤となります。障がいのある人々を開発プロセスの初期段階から巻き込むことで、結果として誰にとっても使いやすい製品が生まれます。
加藤氏が開発に協力した「MOTHER HOUSE」のバッグは、白杖収納の工夫が折りたたみ傘やペットボトルの収納も可能な便利な機能へと発展し、幅広いユーザーに価値を提供しています。また「さわる時計 Bradley」は、視覚障がい者向けの機能性に加え、一般ユーザーにも支持される高いデザイン性を備えています。
これらの事例は、当事者の視点を取り入れることが単なる社会貢献にとどまらず、製品全体の価値を高める優れたイノベーション戦略であることだと力強く示されました。
こうした「ユーザーの視点から発想する力」をさらに深める機会として、続くワークショップでは、技術者としての思考を体験的に学ぶプログラムが実施されました。

5. ユーザー視点が発想を広げる ― 『ものづくりんり』で体験するものづくり倫理

竹原氏が主導したワークショップでは、技術者として多様なユーザーの困りごとや危険を予防し、満足度の高い製品アイデアを生み出すカードゲーム『ものづくりんり』を体験しました。
このゲームは竹原氏が関西大学の藤木篤教授と、奈良県にある精神障がい者の福祉団体である「たんぽぽの家」と「Good Job!Center KASHIBA」という団体と一緒に共同で開発したものです。

基本的には1グループ4人とし、ゲームの流れは「視点カード」、「製品カード」、「ターゲットカード(年代)」、「ターゲットカード(特徴)」、4人分の「動詞カード」のカードと1人3枚の評価用コインを準備し、動詞カードを一人1枚ずつ持ち確認すると同時に、ターゲットカード(特徴)・ターゲットカード(年代)、製品カードを各1枚オープンします。
例えば、製品カードは「ドライヤー」、ターゲットカード(特徴)は「元気な」、ターゲットカード(年代)は「小学生」、自分の動詞カードは「曲げる」といった場合、自分が技術者として危険性や困りごとは予防し、その人が満足できるような技術的なアイデアやコンセプト、製品名を1分でグループメンバーに向けてプレゼンします。
その後、視点カードを1枚オープンし、グループメンバーは視点カードの基準(例えば「実現可能性」、「顧客満足度」、「安全性」など)に沿って順位をつけ、手持ちの「3点」「2点」「1点」の3枚のコインを相手に渡し、一番点数を集めた発表者が『製品の発案者』となります。その後、質疑応答などを経て、過半数の納得が得られれば、「製品化」となるゲームです。
最初は複雑に感じられたこのゲームも、進めるうちに自然と議論が活性化し、多様な視点が交わることでアイデアが広がっていく感覚を味わうことができました。『ものづくりんり』は、技術者だけでなく、あらゆる職種の人にとって「ユーザー中心の思考」を育む有効な学習ツールであり、インクルーシブな社会づくりに向けた重要な一歩となるワークショップでした。

6. 多様性のある社会へ―未来のリーダーに求められる視点と行動

イベントの締めくくりとして示されたのは、参加者への明確な行動喚起でした。冒頭で提示された日本の総人口の7.4%という数字は、単なるコンプライアンスの対象ではなく、多様な才能と独自の視点の源泉であることが強調されました。
質疑応答では、リーダーシップに関する重要な洞察が次々と浮かび上がりました。多様性は目的ではなく組織のミッションを達成するための手段であること、物事を多角的に捉える柔軟性と、決めつけずに相手を理解しようとする姿勢が求められること、「違い」を組織の強みとして肯定的に捉える文化を育む必要性が示されました。また、リーダー自身が現場に足を運び、当事者の声に耳を傾けなければ「評論家」にとどまってしまうという、経営者討論担当教員である河野教授のご指摘も心に強く響きました。
今回の講演を通じて示されたのは、インクルーシブな社会の実現は、障がい者雇用を「義務」ではなく「戦略」として捉え直すことから始まるという重要な視点です。問われているのは法律遵守の姿勢ではなく、人口の100%に開かれたビジネスを構想できる先見性と謙虚さを備えているかどうかにほかなりません。
未来を切り拓くリーダーに求められる視点と行動を改めて問い直す貴重な機会となりました。
加藤氏、竹原氏におかれましては、ご多忙の折にもかかわらずご講演を賜りましたこと、この場をお借りして心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました。

E11広報委員 笠原 康平

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