概要

慶應義塾大学ビジネス・スクール特別公開講座として、フェリックス・オーバーホルツァー・ジー(Felix Oberholzer-Gee)教授(ハーバード大学ビジネススクール)による講演"Better, Simpler Strategy" が2021年7月17日(土) 11時30分から、オンラインにて、約200名の聴講者を得て開催されました。
Felix教授は、競争戦略論を専門領域とされ、最近の著書である"Better, Simpler Strategy"(よりシンプルでより良い戦略)の内容をもとに、企業が成果を生み出しうるシンプルでより良い戦略のあり方についてボストンから講演されました。

この数十年で、戦略はますます複雑精巧になっており、殆どの企業では多種多様な戦略を立てています。加えて、新しい課題への対応をも求められるため、企業は一層複雑な戦略を立案して、一見不可能にも思える奇跡の実現を求められるような状況に至っているといえます。精巧な企業戦略と苛烈なワークライフでの取り組みの結果、企業の収益性が上がり、社員の待遇は申し分ないものになったのかといえば、実際はそうではなく、S&P500に含まれる企業の4分の1は、投じた資本コストを上回る長期的利益率を得られていないのですと、Felix教授は指摘します。

戦略的経営はいま、基本に立ち返る好機にあり、戦略は簡素化することでよりパワフルになるのです。複雑さから解放され、真に有効な戦略的イニシアティブを手に入れるためには、「価値に基づくアプローチ」が最も適しています。それは、企業の競争優位性を高めるための意思決定の判断材料を与えてくれるものですと、価値に基づく戦略(価値ベース戦略)をFelix教授は提唱し、以下6つの示唆について解説しました。

1.戦略はシンプルに

価値ベース戦略の根底にある基本的な考え方は、この上なくシンプルです。
「揺るぎない経済的成功を達成する企業は、その顧客、従業員、あるいはサプライヤーにとって大きな価値を生み出す企業である」。この考え方は簡単な図、「価値スティック」で説明することができます。(図 参照)

価値スティックの上端には「支払い意欲」(Willingness-to-pay:WTP)つまり、顧客の視点を置いています。具体的には、顧客がある製品やサービスに支払う「最大価値」を示すもので、企業が製品をより良く提供する方法を見つければ、WTPは上昇します。
一方、価値スティックの下端は「販売意欲」(Willingness-to sell:WTS)とし、従業員・サプリやーの視点を置いてます。従業員にとって、WTSは求人を受け入れる条件となる「最低報酬」であり、会社が仕事を魅力的なものにするほどWTSは下降する。その業務が特に危険ならWTSは上昇し、労働者はより多くの報酬を要求することになります。サプライヤーであれば、WTSは製品・サービスを売ろうという気にさせる「最低価格」となり、会社が製品の生産や出荷を容易にすればするほど、サプライヤーのWTSは下降します。
WTPとWTSの差、すなわちスティックの長さが、企業が創造する「価値」になります。
つまり企業価値を生み出す方法は2つ;WTPを上げるか、WTSを下げるかです。戦略はシンプルであるほど、よい成果をもたらすのです、とFelix教授は提唱します。

2.進めるプロジェクトは少なめに

多くの企業が驚くほど多くのプロジェクトを遂行しようとしていますが、それは必ずしもWTPの上昇やWTSの下降をもたらすものではありません。価値戦略に則り、これ以外は行わない、という取り組みにより傑出した事業再生を果たした事例として、米国最大の家電量販店ベスト・バイ(BEST BUY)を挙げ、紹介しました。
10年前同社はアマゾン等にシェアを奪われ、悲惨な業績に陥っていた中、2012年に新戦略として行ったことは2つ。第1に、顧客がオンラインで発注した製品を(大規模な物流センターからではなく)1,000にも及ぶ同社の最寄り店舗から直接出荷し顧客に配送することにより、アマゾンより短時間で発送を実現。迅速な発送を顧客に提供したことにより、顧客のWTPは上昇しました。第2に、店舗内にアップル、サムスン、ソニー等あらゆる家電ベンダーの店舗を置くブランドショールーム(Store in Store)を誘引しました。これによりベンダーの店舗コストは抑えられ、WTSは下がりました。発送時間の短縮と店舗コストの圧縮という2つの施策によりベストバイは再生を果たし、アマゾンの5倍の収益を生じさせるに至りました。
進めるべきプロジェクトは照準を絞り、WTPとWTSをよくする施策のみだけを行うべきなのですとFelix教授は提唱します。

3.選択で勝負する

南アフリカの生命保険会社は、その顧客がスーパーマーケットで健康食品を買うと、50%の割引が得られるサービスを提供しています。ここにはどのような狙いがあるのでしょうか。
まず、メンバーが健康食品を食べ健康を志向することにより、保険金支払いセーブが期待できます。更に、重要なのは、この取り組みについて「いいな」と思うもともと健康な人たちが、この保険会社の顧客になってくれる効果です。
提供製品・サービスに「いいな」と惹かれる人とはどのような人物かを追求し、これにより、特定の顧客や社員を選択し、彼らを惹きつけ働きかけること。これを選択(Selection)効果と呼びます。この「選択」はWTPを上げ、WTSを下げる戦略を考えるうえで、大きな意味合いをもつものです。成功している会社は「選択」で勝負しているといえます。

4.補完財を用意し、利益プールを移転する

好業績企業は複数の補完財(Complement)をもち、それぞれの利益プールを市場競争の中で柔軟かつ頻繁にシフトさせることで、常に利益を確保しています。
補完財は、もう一方のWTPを上げる(補完する)役割を果たすものです。例えば、剃刀と刃、プリンターとカートリッジ、コーヒーマシンとコーヒーカプセル、車とタイヤなどが、これにあたります。映画館のWTPを高めるためには、映画館のシートを改善や、刺激的な音響設備の拡充を発想しがちですが、例えば、駐車場、ベビーシッターサービス、早期の予約サービスなど、異なるサービスを提供すること、これが補完財にあたります。補完財は、一方のTWPが下がれば、一方のWTPを上昇させるものなのです。

5.Dual(二重)の優位性を目指す

これまでの戦略の考え方は、WTPを上げるか、または、WTSを下げるのか、のどちら1つを選ぶべき、とされてきました。しかし、価値戦略は WTPを上げ、同時にWTSを下げるという2つの優位性をいずれも展開することにより、二重の優位性を目指すべきと考えます。サプライヤーのWTSを下げれば、顧客のWTPは通常上昇します。
日本での優れた事例としてRakSulがあります。顧客ニーズに合った印刷会社をマッチングさせることより、安価で質の高い印刷物の提供し、顧客のWTPを上げ、さらに、手余りな印刷会社には仕事をマッチングさせ最適化を果たすことでWTSを下げる。これにより、顧客、自社、各印刷会社それぞれにとって価値を生み出しました。自社の成功を求めるなら、関与者の価値創出をまず考えることです。それにより、二重の優位性を確立することができるのです。

6.どうやるかを問う

最後に具体的に「どうやるか」です。
規模が大きければ儲かる、成功すると、とかく考えがちですが、施策は、それほど単純ではありません。顧客セグメント毎にHowは違ってきます。ハイブランドを初めて購入する層と、そのブランドを知り尽くしているロイヤルカスタマーとではブランドロゴの打ち出し含め製品戦略は異なります。それはGUCCIやメルセデスの戦略しかりです。
価値を決めるのは企業ではありません。顧客、社員、ベンダーなのです。

企業やリーダーは創造性と想像力を働かせて-WTPを引き上げ、WTSを引き下げる-
このシンプルな価値ベースの戦略は、優れたビジネスを実現するものです、とFelix教授は講演を締めくくりました。

参加者の声

  • 常に価値を念頭に置かれた視座・視点があらゆる業種・業態に当てはまる点が新鮮であり、戦略の捉え方が大変刺激になりました。
  • 多くの事例を研究されて導かれた結果は大変説得力のあるものでした。
  • シンプルに考える、そして講義としてもWTPとWTSにフォーカスをしてわかりやすく、イマジネーションが湧くものでした。
  • 講演者と聴講者双方向のやり取りがあり、ただ聞くだけという形ではなく、とても良かった。Felix教授の講演は非常に分かりやすく、プレゼンの勉強にもなった。また、同時通訳も素晴らしかった。
  • シンプルに、そして具体的に内容をまとめてくださったおかげで、理解が深まりました。 理論そのもののシンプルさに加え、いかに短時間で内容を伝えるかに配慮された成果と思います。講義内容が非常に参考になるもので、このような機会をいただけて大変有難く思っています。

開催概要

タイトル "Better, Simpler Strategy" -よりシンプルでより良い戦略-
講師 フェリックス・オーバーホルツァー・ジー教授(ハーバード・ビジネス・スクール)
開催日時 2021年7月17日(土) 11:30~13:30
開催形式 オンライン(Zoom利用)
参加費 無料
定員 120名(先着順)
言語 英語 ※逐次通訳つき

担当講師

Felix Oberholzer-Gee

Felix Oberholzer-Gee/フェリックス・オーバーホルツァー・ジー
ハーバード・ビジネス・スクール教授

チューリッヒ大学で経済学修士号(首席修了)、同経済学博士号取得。スイスのプロセス制御設計会社Symo Electronicsの取締役およびペンシルベニア大学ウォートン校での教職を経て、2003年よりハーバード・ビジネス・スクールで教鞭をとる。企業のシニア・エグゼクティブを対象とした講座を中心に競争戦略論の授業を行っている。ハーバード・ビジネス・スクールの2年生を対象とした「Strategies Beyond the Market」の授業は、もっとも人気のある授業のひとつである。これまでに数々のティーチング・アワードを受賞。

お問合せ

慶應義塾大学ビジネス・スクール イベント運営事務局
E-mail: event@kbs.keio.ac.jp

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